契約書のバックデートは可能? 契約書作成日の意義について弁護士が解説
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【ご相談内容】
プログラム開発を委託するに当たり、候補先と事前折衝を重ねていたところ、正式に当該候補先に委託することとなりました。
そこで、プログラム開発に関する契約書を締結することになり、当社は日付欄を空欄にしたまま署名押印し、先方に返送しました。
そうすると、先方より正式に委託する前の日付が記載された状態で契約書が返送され、事前折衝に要した時間相当分の報酬請求を受ける事態となりました。
日付欄を操作することは許されることなのでしょうか。
【回答】
ここでいう日付とは、一般的に契約書の末尾に配置され、署名押印欄の上側に記載されている「年月日」の記入欄のことと思われます。
この「年月日」をバックデートすることで、バックデートした日より契約の効力が発生するかについては、契約書の体裁や内容を検証しないことには結論を出すことができません。したがって、先方の言い分が通ってしまう可能性もあり得るところです。
このようなトラブルを回避するために、今一度「年月日」の意義などを本記事では解説します。
なお、契約書作成日として記入する日付は、通常は契約書の末尾に配置されているのですが、別に決まり事はなく契約書の頭書部分に配置されていることもあります。本記事では一般的な契約書を想定し、日付のことを「契約書末尾にある『年月日』」などと記述していることにご留意ください。
【解説】
1.バックデートとは
バックデートとは、文字通り日付を遡らせることを意味します。特に、契約書の作成・締結の場面では、実際に契約書を作成した日付を記載せずに、作成日より遡った日付を記入することを意味します。
例えば、次のような契約書があったとします。実際に契約書に署名押印する日が×年4月1日であれば、署名押印欄の上部にある「年月日」欄は×年4月1日と記入するのが正確です。しかし、何らかの事情で、あえて×年3月31日と記入するのがバックデートと呼ばれるものです。
契約書
(内容省略)
本契約が成立したことを証するため、本書面2通を作成し、各自署名(記名)押印の上、各1通を所持する。
年 月 日
<甲の表示> 住所 氏名 印
<乙の表示> 住所 氏名 印 |
上記のようにバックデートは、契約書の作成日を不正確にするものであり、問題があると言わざるを得ません。
しかし、バックデートを行ったから、当然に契約が無効になるわけでもありません。なぜなら、当事者間双方がバックデートすることを許容しているのであれば、あえて契約を無効にする必要性がないからです。
もっとも、上記のご相談事例のように悪用されるリスクは残る以上、バックデートは避けるべきです。
2.契約書末尾の「年月日」記入のルール
バックデートは、上記1.で記載した通り、契約書末尾の「年月日」を遡らせる行為です。
では、そもそも論として、契約書末尾にある「年月日」は、本来どのようなルールで記入するべきなのでしょうか。
この点、考え方としては、①契約開始日を記入する、②先に署名押印する当事者が署名押印した日を記入する、③後に署名押印する当事者が署名押印した日を記入する、④契約内容に合意した日を記入する、⑤双方当事者の社内決済が完了した日を記入する…等々いろいろな考え方が存在します。
ただ、結論としてはいずれも正解・間違いと断定することはできません。
すなわち、この「年月日」をどのように記入するべきかについては、法律上の規制はありません。逆に言えば、契約当事者が好き勝手に記入できるというのが正確な答えとなります。
3.契約書末尾の「年月日」と契約の効力発生日との関係
(1)原則的な考え方
上記2.で記載した通り、契約書末尾の「年月日」の記入については基準が存在しない以上、「年月日」それ自体では特別な法的効力が生じるわけではありません。
すなわち、この「年月日」は、契約書を作成した日が事実上推定されるという意味に留まり、
契約の効力発生日(開始日)はもちろん、契約の締結日(成立日)を確定させるものではないことを押さえておく必要があります。
ちなみに、法的に契約が成立するのは、原則として申込と承諾があったときであり、契約書を作成した日とは定められていません。
この点、民法第522条では次のように定めています。
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。 |
(2)「年月日」と契約の効力発生日とが関係する例外的場面
例えば、契約書の一条項として、「本契約は、契約書作成日から×年とする」と規定されていた場合、この「年月日」は契約の効力が発生する開始時期を特定する機能を有することになります。
また、例えば、契約書に「本契約は、本契約締結日より×年とする」と規定されていた場合、契約締結日に関する定義規定が存在しない限り、記入された「年月日」を契約締結日と解釈することが通常と考えられます。
さらに、契約書に契約期間に関する条項(いつから効力が発生するのかを定めた条項)が定められていなかった場合、記入された「年月日」を契約開始時期とすることが事実上推定されると考えられます。
このように、「年月日」単独では意義が無くても、契約書の他の条項と組み合わせることで「年月日」に法定意義が生じる場合があります。
4.契約書末尾の「年月日」を記載しなかった場合への対応
(1)原則的な考え方
「年月日」について単独で法的意義が見いだせないというのであれば、あえて明記する必要が無いのでは?と考えられるかもしれません。また、現場実務では「年月日」が空欄となったままであることも少なくありません。
たしかに、「年月日」が明記されていないor記載漏れがあったことを理由に、当然に契約の有効性が失われることはありません。
ただ、後で契約書につき何らからの争いが生じた場合、契約書作成日を意味する「年月日」が重要な判断材料となることがあります。例えば、記入された「年月日」が法改正後の日付となっており、契約書上も契約開始時期について特段定められていなかった場合、当該「年月日」から契約の効力は生じると事実上推定され、法改正後の規制が契約書に適用されると考えることになります。この結果、契約書に定められている一部の条項が旧法では有効であったのに、改正法では無効といった影響が生じることもあり得る話です。
他にも、記入された「年月日」を基準日にし、この基準日において署名押印欄記載の者に契約締結権限があったのか、実際の合意日がもっと前であったとしても、「年月日」として記入された以上、当該年月日以前については契約書の効力が及ばないのではないか等の判断材料となることも想定されます。
したがって、契約書の「年月日」については必ず明記するべきです。
なお、たまに「×年×月吉日」と明記する人もいるようです。
しかし、具体的な日付が特定できないため、上記のような問題を解決するための判断材料として機能しないことになります。
わざわざ「吉日」と記入するくらいなら、具体的な日付を明記するべきです。
(2)「年月日」不記載により不利益が生じる場面
上記3.(2)で触れた以外でも、例えば、契約書上に定めた契約有効期間を「契約書作成日から1年間とする」と定めていたにもかかわらず、契約書末尾の「年月日」を記入していなかった場合、果たしていつから契約が開始したといえるのか、契約書からは一義的に判断できないことになります。この結果、相手当事者はいつから契約上の義務を負担していたのか、当方はいつまで権利主張できるのか等につき争いが生じかねません。
したがって、契約書末尾の「年月日」については必ず記載するべきなのですが、明記しなかった又は曖昧にした場合、民法等の法律を用いることである程度解決できる場合があります。
【例】停止条件、解除条件
例えば、受託者との契約書に「本書作成日以降、月間売上×円以上を達成した場合、正社員としての雇用契約が開始する」と定めてあったとします。
これは民法上、停止条件と呼ばれるものであり、将来の不確定な事実が成就することで権利が発生すると定めた場合、その条件が成就した日をもって法的効力が生じることになります(民法第127条第1項)。
ところで、雇用主は、当該契約書を作成したのが2021年の年末頃であったことから、2022年の営業成績を見て正社員登用を検討しようとしていたところ、うっかり契約書末尾の「年月日」を記載していなかったという事例において、書面を受領した受託者が「年月日」の欄に2021年12月1日と記入し、2021年12月時点で売上は達成できているので正社員登用してほしいと言ってきた場合どうなるのでしょうか。
契約書の形式上は条件成就していることになり、正社員としての雇用契約が既に開始していると考えられなくもありません。
このように契約書作成日としての「年月日」を記入しないことで、いつの時点で条件成就したかにつき紛争が生じる場合があります。
なお、「年月日」を記入しないことによるトラブルは解除条件(将来の不確実な事実が成就することで権利が消滅する場合のこと。なお、いわゆる契約解消を意味する解除とは全く異なる意味であることに注意)でも当てはまることになります。
【例】契約申込みの撤回
例えば、業務を受託するための条件を書面に整理し、相手当事者からの回答期限を特に明記することなく、当該条件であれば受託可能であるとして契約の申込みを行ったとします。この場合において、受託者が後になって契約申込みを撤回したいと考えた場合、相当期間が経過しないことには撤回ができないのですが(民法第525条第1項)、この相当期間をいつの時点から起算するのかが問題となります。
この点、契約の申込書面において、書面作成日として「年月日」を記入しておけば、この「年月日」を基準に相当期間とはいつからいつまでのことを指すのか検討することが可能です。しかし、「年月日」を空欄とする、あるいは明記しなかった場合、相当期間の起算日について様々な解釈が可能となります。この結果、受託者が契約の申込みを撤回したい旨申出たとしても、委託者より相当期間が経過していないとして、当該契約の申込みを承諾された場合、この承諾の時点で契約が成立することになります。
よく見積書等で見積り有効期間を明記すると思うのですが、この見積り有効期間が民法第525条第1項で定める相当期間を検討する上で1つの根拠になると考えられます。ただ、見積り有効期間の記載として「本書作成日より×日間」としているにもかかわらず、肝心の作成日が明記されていないといったことは現場実務でよく見かけます。上記のようなトラブルを回避するためにも、契約申込みに該当する書面を作成するに際しては「年月日」の記入を必ず行うべきです。
5.契約の効力発生日を明確にする方法
(1)原則的な対応
契約書末尾に記載する「年月日」については一義的な法的意義を持たないものの、契約書の他の条項と組み合わせることで、契約書末尾の「年月日」の記入が、契約の締結日(成立日)や契約の効力発生日(開始日)と扱われる可能性があること、前述3.の通りです。
ただ、前述2.でも記述した通り、「年月日」につき何を基準に記入するのかは複数の考え方があります。また、「年月日」の記入がバックデートされるなど改竄されるリスクも想定されます。
したがって、できる限り、契約書末尾の「年月日」と契約の効力発生日に関係性を持たせないようにすること、例えば、
「本契約の有効期間は×年×月×日から1年間とする。」
といった具体的な日付を条項に明記することが望ましいと考えられます。
(2)あえて「年月日」を操作して対処する場面
上記(1)の通り、契約書末尾の「年月日」と契約の効力発生日は関係性を持たせないほうが望ましいと考えられるものの、様々な事情で対応できないという場面も想定されます。
この点、次のような対処法が考えられます。
・作成日より後の将来の日付とする場合
例えば、契約書に「本契約は、本契約締結日より×年とする」と規定し、契約締結日に関する定義規定を置かなかった場合において、契約効力発生日が1ヶ月後であることを双方当事者が認識していたため、あえてその1か月後の日を「年月日」として記入するということが行われたりします。
たしかに、本来の署名押印日=契約書作成日とは異なる日を「年月日」として記入することになるのですが、契約が無効となることはありません。
ただ、実際の作成日が契約書上に履歴として残らないため、例えば、その期間中に相手当事者内でクーデターが発生し社長ほか役員が総入れ替えとなり、その後「年月日」を迎えた場合、形式的には記入された「年月日」時点において、署名押印した者に契約締結権限があったのか疑義が生じることになります。
こういった紛争を防止するためにも、作成日より後に効力発生日(開始日)が生じる場合、「本契約の有効期間は、契約書作成日に関わらず×年×月×日(※将来の効力発生日を明記する)から1年間とする。」という条項を設けて対処したほうが無難であり、実際の日付と異なる作成日を「年月日」として記入することは避けたほうが良いということになります。
・作成日より遡って過去の日付(バックデート)とする場合
これについても将来の日を「年月日」として記載した場合と同様に、本来の署名押印日=契約書作成日とは異なる日を「年月日」として記入したことだけをもって、契約が無効となることはありません。
ただ、過去の日付に遡る(バックデートする)ことは、将来日付を記入する以上に問題が生じやすいのが実情です。
例えばよくあるのが、秘密保持契約において、実際に秘密保持契約書を作成したのは3月1日であったにもかかわらず、情報開示者が契約書末尾の「年月日」には2月15日と記入した場合において、契約の効力発生日(開始日)が2月15日からと解釈できるという事例があったとします。2月15日から2月末日までの間に様々な情報が開示されているところ、情報受領者は当時秘密保持契約を締結していなかったことから、これら開示情報を秘密情報と当時は認識していません。しかし、秘密保持契約書上は2月15日から契約の効力発生とされていることから、開示された情報を当該期間中に第三者に口外していた場合、たとえ当時は秘密情報ではないという認識を持っていたとしても、形式的に情報受領者秘密保持義務違反の責任を問われることになります。
要は、作成日より遡って過去の日付(バックデート)を「年月日」に記入することで、契約の効力発生日(開始日)が調整できる場合、一方当事者は思わぬ不利益を被る恐れがあるということです。
こうした事態を避けるためには、契約書末尾に記載した「年月日」が契約の効力発生日(開始日)と解釈されないか、契約の有効期間を定める条項を精査した上で、万一解釈される恐れがあるのであれば、「年月日」を当方で先に記入する等して対処する必要があります。逆に契約書の効力発生日(開始日)を遡らせたいと考える当事者からすれば、無用な争いを回避するためにも、例えば「契約締結日に関わらず、本契約は×年×月×日より遡及的に効力を有する」と明確に遡及適用がある条項を設けることが重要となります。
ちなみに、契約書末尾の「年月日」を動かすことで、あたかも契約の効力発生日(開始日)を連動させようとすることは、税金対策等で用いられることが多いようです。
すなわち、今期の税金を少しでも抑えることを目的として、①来期の売上に見せかけるために将来の日付を記入する、②今期の経費に見せかけるために過去の日付を記入する、といったことが実際にあったりします。当然のことながら、脱税行為となりますので、このような日付の操作は厳に慎むべきです。
6.バックデートトラブルを避けるための対策
バックデートそれ自体は法律上禁止されてはいません。
しかし、禁止されていないからこそ、契約の効力発生時期がバックデートされた日まで遡ってしまうと解釈され、一方当事者が思わぬ不利益を受けるリスクが付きまといます。
したがって、
・自らはもちろん相手方当事者に対してもバックデートした日付を記入しないよう注意喚起すること
・バックデートされた契約書が返送されてきた場合、面倒でも「年月日」を修正するなどの必要な事後対応を行うこと
・契約の効力発生時期について、独立の契約条項を定めておき、「年月日」との関係性を遮断すること
が重要となります。
7.当事務所のサポート内容
契約書末尾に記載する「年月日」については、それ単独では大きな意味を持たないものの、他の条項と相まって当事者が予想しないような解釈を生み出す可能性があり、なかなか一筋縄では扱えないところがあります。
契約書の内容を正しく認識し、自らの考えに沿ったものとするためにも、契約書の作成やチェックについては是非弁護士にご相談ください。
<2022年10月執筆、2024年2月修正>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
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