【間違えやすい賃金実務④】 年俸制と賃金計算
質問
当社の給与体系は、いわゆる確定型年俸制(=年度当初に年俸額が確定しているもの)であり、具体的な年俸額を「月額基本給12ヵ月分+基本給4ヵ月分の賞与」としています。
年俸制の場合、通常の日給月給制とは異なった計算方法になると聞いたのですが、次の場合はどうやって計算するのでしょうか。
回答
解説
① 解雇予告手当を支給する又は懲戒処分としての減給の制裁を行うに際しての、平均賃金の計算方法
年俸制を採用している多くの企業では、賞与を含んだ年間総支給額を算出し、それを例えば16分割して、毎月の賃金と賞与2ヵ月分を年2回として支給しているようです。
この支給方法それ自体は問題ありません。
ただ、この様な支給方法を行った場合、労働基準法上の解釈上やっかいなことが生じます。
それは、賞与の解釈として「賞与とは支給額があらかじめ確定されていないものをいい、支給額が確定しているものは賞与とみなさない」という昭和22年の解釈例規が存在するからです。そして、この解釈例規を踏まえ、厚生労働省は「賞与部分を含めた年俸額の12分の1を1ヵ月の賃金として平均賃金を算出する」としています(平成12年3月8日基収78)。
この結果、年俸額を16等分して1ヵ月の平均賃金を算出するのではなく、年俸額を12等分する、すなわち、賞与を含めて平均賃金を算出することになります。
したがって、使用者(会社)側からすれば、同じ賃金総額であっても、日給月給制の労働者より、年俸制を適用する労働者に対して、多くの解雇予告手当を支給しなければならないことになります。
もっとも、その裏返しとして、懲戒処分としての減給制裁を行い場合、日給月給制の労働者より、年俸制を適用する労働者に対して、より多くの減給をできることになります。
② 割増賃金を支給するに際しての基礎賃金の計算方法
まず、一時期よく誤解がありましたので念のため触れておきますと、年俸制が適用されることをもって、いわゆる残業代(時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する賃金)の支払いが免除されるわけではありません。
日給月給制であっても、年俸制であっても、残業代支払義務は生じることとなります。
なお、年俸制が適用される労働者の属性として、部長や課長などの上長と呼ばれる方が多いと思われます。ただ、近年話題になっている「管理監督者」(労働基準法41条)に該当しない限り、時間外労働及び休日労働に対する賃金(残業代)支払義務を免れることはできません(管理監督者に該当しても、深夜労働に対する割増賃金支払義務は発生しますのでご注意ください)。
さて、割増賃金を計算するに際しての基礎賃金の計算ですが、前述①で解説した通り、賞与の定義について解釈例規が存在しますので、これに従って算出するほかありません。
この結果、年俸総額を12等分した額を算定基礎額とする必要があります。つまり、賞与部分も含まれることとなります。
ちなみに、本件問題とはずれますが、年俸制であっても、いわゆる定額(固定)残業代を支給する賃金体系を取ることは可能です。ただ、割増賃金に相当する賃金と所定(法定)労働時間に対応する賃金とを明確に区別する必要があります。
したがって、年俸に含まれる賃金項目やその内容を就業規則(賃金規程)に定め、労働契約での確認、賃金明細への反映などが必須となります。
③ 年俸額決定に関する協議がまとまらない場合の年俸額の計算方法
計算方法と書いてしまうと少し分かりにくいかもしれませんが、1年単位で年俸額を定める企業がほとんどであるところ、年俸額の更新時に企業提示額と労働者提示額とが折り合わない場合、果たして企業はどの提示額(自ら提示した額か、労働者が提示した額か、あるいは従前の支給額に合わせるのか)を採用するのかという問題です。
結論から言えば、年俸額の提示は会社の裁量権に属する事項ですので、会社自らが提示した額を支給すれば足ります。その意味で、従前の支給額を継続する必要はありませんし、ましてや労働者提示額に従う義務はありません。
もっとも、裁量権の逸脱が生じた場合には、その差額分の支払義務が課せられるのは当然です。
そして、合理的な裁量というためには、年俸額の増減があり得る旨就業規則(賃金規程)に定めることはもちろんのこと、増減を行うための評価基準が客観的に定められていること、評価基準への当てはめが恣意的ではないこと等の要件を充足する必要がありますので、やはり企業としては事前準備が肝要となります。
※上記記載事項は当職の個人的見解をまとめたものです。解釈の変更や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。