【間違えやすい賃金実務③】 退職金制度見直しの可否
質問
高年齢者雇用安定法の改正に伴う継続雇用制度の見直し、有期労働契約による従業員(パート、アルバイトなど)の無期雇用化(一種の正社員化)への対応の一環として、退職金制度の見直しを考えています。
次のような場合、退職金制度の見直しは可能なのでしょうか。
回答
解説
1.① 定年延長に伴う退職金支給条件の引き下げの可否
法律上は、あくまでも定年は60歳を下回ってはならないとされているのみに過ぎませんが、平成24年改正の高年齢者雇用安定法により、使用者には定年後の雇用義務が発生することは避けられない状態となっています。
もっとも、法律は、定年後の労働条件について、定年前と同一の労働条件にするよう義務化しているわけではありません。
したがって、退職金を算定するための一要素である在籍(就労)期間について、定年後の在籍(就労)期間を考慮せず、60歳定年時を基準として算定された退職金額を支給する限り、何ら問題がないことになります。
逆に、定年延長制度の導入に伴い、現行の退職金制度に基づき算定される退職金額を減額させることになる場合、労働条件の不利益変更に該当します。そして、最高裁判所などの判例を考慮する限り、「高度の合理性」が求められます。
この結果、単純な、「定年延長に伴う賃金支払い額分を退職金から差引く」という形での退職金制度の改正は「高度の合理性」を担保しづらいと考えられますので、注意が必要です。
なお、退職金の支給額に変更はないものの、支給時期を定年後の勤務終了後にすることは、やはり労働条件の不利益変更に該当すると言わざるを得ません。もっとも、不利益の程度は減額場合よりも幾分弱いことから、高度とまでは言わないまでも、「一定の合理性」は必要になるかと考えられます。
② 退職金制度の廃止と過去分の退職金(予定額)の前払いの可否
高年齢者の雇用を維持するためには、企業としては賃金支払原資を確保する必要が生じます。このため、従来型の退職金制度では支払原資を確保できない(特に一括支払いに耐えられない)ことから、退職金制度を廃止し、廃止時点での退職金を分割で前払いする制度を採用する企業が増加しつつあります。
もっとも、退職金制度を廃止することは労働条件不利益変更に該当することは間違いありませんので、この点を考慮しながら検討することは必須となります(労働協約の締結に伴う退職金制度の改定に関する最高裁H8.3.26判決、最高裁H9.3.27判決、就業規則の不利益変更に伴う退職金制度の改定に関する最高裁S63.2.16判決などを参照)。
ところで、退職金相当額を前払いする場合、月々の賃金に上乗せして分割する場合、割増賃金の算定基礎に含まれるものとして取り扱う必要があります。これは、労働基準法37条5項に定める除外手当に該当しないからです。
では、前払退職金相当額の一部を賞与などの「1ヵ月を越える期間ごとに支払われる賃金」として取り扱うことはできないのか、と思われるかもしれません。
たしかに、形式上は取扱い可能なように読めるのですが、ただ、労働基準法24条の「賞与その他これに準ずるもの」に関する解釈から考える限り、労働基準監督署等の行政側は、算定基礎から除外されるべき「1ヵ月を越える期間ごとに支払われる賃金」には該当しないものとして、取り扱うのではないかと考えられます。
したがって、前払いにする以上は、割増賃金の算定基礎として含まれるものとして取り扱う方がよいと考えられます。
③ パート・アルバイトを無期労働契約とした場合における、パート・アルバイト期間を退職金算定期間に通算の必要性の可否
法律上は、退職金制度を設けるか否か、退職金の支給対象者を誰とするのかは、専ら会社の裁量に委ねられています。
このため、パート・アルバイト等の有期労働契約に基づく労働者に対して退職金制度を設けないことは何ら違法ではありません。
したがって、当該パート・アルバイト等の労働者を正社員として登用した場合、当然にパート・アルバイト等での就労期間を退職金額算定するための算定期間として考慮しなければならない義務は無いこととなります。
もっとも、平成24年の労働契約法の改正により、正社員と有期契約社員との勤務内容が同一であるにもかかわらず、期間の定めの有無だけで労働条件に差を設けることは禁止されるようになりました(但し、本執筆時は未施行)。
この様な改正の趣旨からすれば、退職金制度を含めた待遇の差異について、正社員と有期雇用社員との間で不合理な差別と言われないような対策を講じる必要があると考えられます。
※上記記載事項は当職の個人的見解をまとめたものです。解釈の変更や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。