電子メール・チャット等を用いて契約書を取り交わす際のポイントを解説

【ご相談内容】

取引先より、急いで契約書の取り交わしを行いたいので、双方署名押印した契約書をPDF化し、電子メールに添付し送信することで対処したいと提案されました。

電子メールのやり取りだけで契約は成立するのでしょうか。

 

【回答】

基本的には契約が成立すると考えて問題ありません。

なぜなら、法律上、契約は書面で行わなければならないと定めていないからです(なお、一部の契約類型では書面が必要な場合があります)。

ただ、理屈の上では契約は成立するものの、後で契約の成否や契約内容についてトラブルが生じた場合、紙媒体の契約書と比較すると電子メールやチャット等で作成した契約書のデータは証拠として使いづらいところがあります。

したがって、あらゆる契約を電子メールやチャット等に置き換えることは、現時点ではお勧めできません。

以下では、電子メールやチャット等を用いた契約締結方法の種類、メリット・デメリット、活用方法などについて解説を行います。

 

【解説】

1.電子メール・チャット等を用いて契約を成立させることは可能か

 

この問いに対する回答は「可能である」となります。

よく巷では、契約は口頭でも成立すると言われたりしますが、この意味するところは、契約の成立・締結方法に原則制限はないということです。契約を紙媒体にする必要性がないことはもちろん、署名押印も契約成立の絶対条件とはならないということです。

この点、民法第522条では次のように定めています。

 

【民法第522条】

1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。

2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

 

ちなみに、民法第522条第2項に定める「特別の定め」の代表例としては、任意後見契約や事業用借地権設定契約などがあげられます。これらの契約は公正証書の作成が義務付けられていることから、電子メールやチャット等を用いて契約を成立させることはできません。

 

 

2.電子メール・チャット等を用いた契約締結方法の例

 

電子メール・チャット等を用いて契約を成立させることは可能と記載しましたが、具体的にはどういった方法があるのか、ここでは3例あげておきます。

なお、画面表示例はいずれも電子メールを念頭に置いています。

 

(1)電子メールやチャット等の本文に契約内容を記載するパターン

例えば、次のような方法が考えられます。

 

【画面例】

差出人:××(××@□□.jp)

宛先:△△(△△@○○.com)

件名:契約の件

 

××様

 

次の内容にて契約を締結することに合意します。

 

●●契約書

××(以下「甲」という)と△△(以下「乙」という)は、次の通り契約を締結する。

第1条 甲は乙に対し、●●を売渡すことを約束する。

第2条 ・・・(省略)

 

要は、電子メールやチャット等の本文中に契約内容全文を記載し、この内容にて契約を成立させることを電子メールやチャット等で表明するという方法になります。

この方法を用いる場合、電子メールやチャット等に記載した契約成立の意思表明の対象となる契約内容がどれを指すのか特定化できるようにすることがポイントとなります。上記画面例では契約内容全文そのまま記載しましたが、例えば、「×年×月×日×時×分のメールに記載されていた●●契約書案の内容」といった形式で特定することも考えられます。

 

(2)本文に承認文言+契約書データを添付ファイルにて送付するパターン

例えば次のような方法が考えられます。

 

【画面例】

差出人:××(××@□□.jp)

宛先:△△(△△@○○.com)

件名:契約の件

添付ファイル:●●契約書.docx

 

××様

 

添付された●●契約書の内容にて契約を締結することに合意します。

 

上記(1)の場合は、電子メールやチャット等の内容が長文化し、受信者(閲覧者)にとっては見づらいところがあります。この点、(2)の画面例のような方法を用いた場合、契約内容は別書面(データ)化して整理されますので、電子メールやチャット等は見やすくなります。

ちなみに、添付されている契約書のデータに署名押印が無くても、契約は成立することになりますが、LINEの無料版などは添付ファイルが一定期間しか保存されないため、後で契約内容を特定することが難しくなる場合があります。意思確認する媒体によっては注意が必要です。

 

(3)署名押印した契約書をPDFに変換し、変換したデータを送付するパターン

例えば次のような方法が考えられます。

 

【画面例】

差出人:××(××@□□.jp)

宛先:△△(△△@○○.com)

件名:契約の件

添付ファイル:●●契約書.pdf

 

××様

 

添付された●●契約書の内容にて契約を締結することに合意します。

 

画面例は上記(2)と同じです。相違点は、差出人が紙媒体の契約書に署名押印した上でPDF化し、そのPDFを添付ファイルとしている点です。

メールやチャット等のやり取りで契約の成立を確認できる以上、本来であれば契約書への署名押印は不要なはずなのですが、一種の信頼の証として署名押印したデータを交換し合うという方法が現場実務では行われているようです。

なお、時々、署名押印したページのみ添付し、契約書全体が添付されていないという事例を見かけますが、ここまで省略してしまうと、送信者が合意した契約内容につき、受信者で特定することができなくなりますので、契約の成立に疑義が生じます。署名押印したページのみ添付するという方法は回避するべきです。

3.電子メール・チャット等を用いて契約を成立させることのメリット

 

主なメリットとしては、次の3点が考えられます。

①契約締結手続きが迅速化

紙媒体の契約書を用いて契約締結手続きを進める場合、契約書をプリントアウトし、2部製本し、取引当事者に郵送し、署名押印された契約書の返送を待つ(当方が先に押印していなかった場合、さらに当方が押印した契約書1通を先方に送付するという工程が追加されます)、という工程を踏むため、どうしても時間がかかります。

しかし、電子メールやチャット等を用いた場合、データをやり取りするだけですので瞬時に進めることが可能です。

特に時間が限られている場面で契約締結手続きを進める場合、迅速に契約手続きを進めることができるメリットは大きいといえます。

 

②コスト削減

紙媒体の契約書を用いた場合、原則的に印紙税の負担が必要となります。また、紙媒体の契約書が多くなってくると保管場所の確保などの費用も発生してきます。

しかし、電子メールやチャット等で契約を成立させた場合、電子データですので印紙税の負担を考える必要はありません。また、物理的な保管場所も不要です。

もちろん、契約書のデータを保管するサーバ代や通信費はゼロではありませんので、電子メールやチャット等を用いた場合にコストゼロとすることはできません。とはいえ、紙媒体の契約書で必要となる費用と比較すれば、そのコストカット効果によるメリットは大きいといえます。

 

③探索の容易性

紙媒体の契約書の場合、適切なファイリングを継続して実施しないことには、どこに保管しているのか分からず、場合によっては見つからないといった問題が生じえます。

しかし、電子メールやチャット等の場合、検索機能を用いれば直ぐに見つけ出すことが可能です。

端末さえあれば容易に探索でき、素早く目的の契約書を探り当てることができるメリットは大きいといえます。

 

以上のように、電子メールやチャット等を用いた契約締結手続きにはメリットがあるのですが、実際の現場実務を見ていると、あまり用いられていないのが実情です。

これは、「契約は紙で行うもの」という意識が強いことも一因として考えられますが、次で述べるようなリスクも懸念されているからと考えられます。

 

 

4.電子メール・チャット等を用いた契約締結により生じるデメリット

 

執筆者が現場で感じるデメリットとしては、主に次の5つがあげられます。

①改ざんが容易であること

電子化・デジタル化する場合に必ず指摘されることなのですが、この点は電子メールやチャット等を用いた契約締結にも当てはまります。

例えば、前記2. (1)の「電子メールやチャット等の本文に契約内容を記載するパターン」の場合、メールに記載されている契約内容を事後的に変更しようと思えば技術的に可能です。同様に前記2.(2)の「本文に承認文言+契約書データを添付ファイルにて送付するパターン」でも、添付ファイル自体を事後的に変更することは技術的に可能です。さらに、前記2.(3)の「署名押印した契約書をPDFに変換し、変換したデータを送付するパターン」では、添付されている契約書のデータの中身(契約条項を書き換える、署名押印欄を書き換える等)を変更することも技術的に可能です。

もちろん、紙媒体の契約書でも改ざんリスクは生じるのですが、残念ながら、電子化されたデータの方が精巧な改ざんを行うことが可能と言わざるを得ません。

このため、もし相手方より契約内容に異論をはさまれた場合、これに対する反論に相当な労力を有することになることがデメリットといえます。

 

②無権限者による利用・なりすましが可能であること

電子メールやチャット等の送信者側の表記は同一であっても、送信者側の“中の人”が同一人物である保証はどこにもありません。例えば、いつもはAという人物が「××」という送信者表記を行っていたとしても、ある特定の時間のみBという人物が「××」という送信者表記を用いていることも十分あり得る話です(不正アクセス等で“中の人”に変更が生じる場合もあれば、ID/PASSを複数名で共有しているため、“中の人”に変更が生じる場合もあります)。

紙媒体の契約書であれば、筆跡や印影などを根拠に契約当事者の同一性を立証しやすいのですが、電子メールやチャット等の場合、送信者側の表記と“中の人”とが異なると異論をはさまれた場合、その同一性を立証することは並大抵のことではありません(なお、前記2.(3)の「署名押印した契約書をPDFに変換し、変換したデータを送付するパターン」であれば、添付されているデータ上に署名押印がありますが、これとて改ざんされたと異論をはさまれる可能性が捨てきれません)。

このため、契約トラブル等が発生した場合に、電子メールやチャット等の契約締結手続きに用いられたデータは、証拠として使い勝手が悪いというのがデメリットといえます。

 

③意思能力・行為能力の有無につき判断が難しいこと

事業者間取引において、電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを進める場合であれば、あまり気にする必要はないかもしれません。

しかし、消費者との間で電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを進める場合、この問題は顕在化します。そして、特に問題となりやすいのは未成年者の場合です。なぜなら、未成年者との取引の場合、たとえ当方に帰責性が無くても、一方的に契約を取消されてしまうリスクを常に抱えることになるからです。

もちろん、紙媒体の契約書を用いて契約締結手続きを進める場合であっても、この問題を抱えることは同様です。ただ、紙媒体の場合、契約交渉過程での電話や面談等で気付きやすいこと、署名押印の段階で実印に身分証の提示を要求するなどの防止策を講じることが可能であることに対し、電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを進める場合、基本的にはサイバー空間内で手続きを完結することが多いため、上記のような防止策を講じることが困難です。

このため、契約締結をした後で契約締結に関する能力につき異議を出された場合、対処することが難しいというのがデメリットといえます。

 

④二段の推定が適用されないこと

二段の推定という用語自体を知らない方もいるかもしれません。詳細については後述の別記事をご参照いただきたいのですが、あえて誤解を恐れずに説明するのであれば、署名押印のある契約書を民事裁判手続で証拠として提出した場合、原則として、その契約書は有効に成立したものであり、かつ契約書に記載されている内容を契約当事者は受け入れているものとして取り扱ってもらえるということです。

残念ながら、電子メールやチャット等で契約締結手続きを行い、作成された契約書のデータはこのような効果が発生しません(なお、前記2.(3)の「署名押印した契約書をPDFに変換し、変換したデータを送付するパターン」の場合、署名押印した契約書は存在しますが、あくまでもPDFに変換されたデータであり、契約書の原本ではありません。相手方の争い方にもよりますが、二段の推定を適用することが難しい場面が生じてきます)。

このため、せっかく電子メールやチャット等で契約締結手続きを進め、契約書のデータを作成したとしても、民事裁判手続きの証拠として、紙媒体の契約書のような特別扱いをされないというのがデメリットといえます。

 

(参考記事)

契約書と押印(印鑑・ハンコ)の関係について、弁護士が解説!

 

⑤消費者と契約する場合、特別な法律を意識する必要があること

紙媒体の契約書では全く意識する必要がないのですが、電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを進める場合、「電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律」を意識する必要があります。

特に意識したいのが、次に記載するものです。

 

【電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律第3条】

民法第95条第3項の規定は、消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について、その意思表示が同条第1項第1号に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであり、かつ、次のいずれかに該当するときは、適用しない。ただし、当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が、当該申込み又はその承諾の意思表示に際して、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は、この限りでない。

①消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。

②消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。

 

やや条文が長いですが、現場実務でのポイントとしては、

・電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを行うに際し

・消費者が契約の申込み又は承諾を行う工程上の画面上において

・その画面を操作すれば、契約の申込み又は承諾を行ったことになる旨の注意喚起を行えば

・消費者より動作ミス等を理由とした錯誤取消しを主張されるリスクを遮断できる

ということです。

電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを行う場合、事業者は、機械的に自動返信対応することは稀で、現状では担当者が手作業でやり取りしているものと思われます。

このため、上記のような確認措置を画面上に表示することを担当者が失念し、後から錯誤取消し紛争に巻き込まれることがデメリットといえます。

 

5.現場実務で利用する場合のポイント

 

電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを進めることはメリットがある反面、デメリットもありますので、現状では使い分けを行うことをお勧めします。

例えば、

・高額の金銭が動く取引や細かな条件が多い契約は、紙媒体の契約書を用いる

・既に締結済みの契約に付随する事項や契約の一部変更など、補充的な契約であれば、電子メールやチャット等で作成した契約書のデータをベースに契約締結手続きを進める

といったことが考えられます。

 

6.当事務所でサポートできること

 

当事務所では、契約内容に応じて、紙媒体or電子メールやチャット等を用いた電子データ化された契約書のどちらを選択するべきかのアドバイスは複数回対応しています。

また、電子メールやチャット等を用いて契約締結手続きを進める場合、本文中に何を記載するべきか、相手方よりどのような内容の一文を徴収するべきか、その他手続きを進めるうえで注意すべき事項は何か等、デメリットをできる限りリカバリーする方策なども随時ご提案しています。

さらに、契約内容の審査・チェックや、契約書の作成作業などもご対応しています。

電子メールやチャット等の電子媒体を用いた契約に関するご相談がある場合、是非当事務所までお声掛けください。

 

 

 

<2024年3月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。