IT業界で注意したい偽装請負問題について
【ご相談内容】
現在、大規模なシステム開発プロジェクトにおける数次下請の一受託事業者として参画しているのですが、このプロジェクトにおける作業の進め方が偽装請負ではないかとの指摘を受けたようで、委託者と一次受託者等が労働基準監督署の調査を受けているそうです。
おそらく近いうちに当社への調査も行われると思うのですが、そもそも偽装請負とは何なのでしょうか。また、偽装請負を防止するためのポイントがあれば教えてください。
【回答】
IT業界の場合、通常の業務対応を行っていると認識していても、実は偽装請負に該当する…といったことが頻繁に起こります。
偽装請負か否かの最大の判断ポイントは、「受託者の個々の担当者が、委託者より指揮命令を受けているのか」になるのですが、何をもって指揮命令というのか抽象的と言わざるを得ません。このため、委託者は受託者の個々の担当者に対して一切の会話をしないといった過剰反応が出たりします(当然のことながら業務効率は落ちます)。
本記事では、偽装請負の問題点やペナルティに軽く触れた後、厚生労働省が公表している疑義応答集の中から、特にIT業界で気を付けておきたい事項を抽出し、解説を行います。
本記事を読むことで、現場実務において、どのような行動がNGなのか、どのような対処法が考えられるのか、イメージができるようになるかと思います。
【解説】
1.偽装請負とその問題点
(1)偽装請負とは何か
偽装請負とは、形式的には請負契約や準委任契約(業務委託契約)とされているにもかかわらず、その実態が労働者派遣となっているものをいいます。
要は、委託者が受託者の個々の担当者に対し、作業等に関する直接的な指揮命令を行いたいのであれば、労働者派遣契約を締結しなければならないにもかかわらず、それが守られていないということです。
大手企業を含む製造業などを中心に2000年代に大きな社会問題となり、労働基準監督署による取締り強化、派遣法の改正、集団訴訟等による認知度向上などを通じて、一時期よりはマシになったとは言われるものの、偽装請負はまだまだ行われているのが実情です。
(2)なぜ問題なのか
正直なところ、委託者からすれば、受託者の個々の担当者に対して直接的な指揮命令を行ったほうが、業務を管理しやすくかつ業務の効率化を図ることができます。また、受託者からしても、委託者より直接指揮命令を受けた上で業務遂行したほうが、委託者の満足度アップにつながります。
したがって、偽装請負は、委託者と受託者双方にとってメリットがあるが故に根絶することが難しいところがあります。
しかし、偽装請負を許してしまうと、雇用者としての管理責任が曖昧となってしまい、個々の担当者の健康面へのケア等が損なわれてしまいかねません。
例えば、委託者は、自ら雇用するものではない以上、受託者の個々の担当者に対し、負荷や時間のかかる業務であっても一切配慮せずに指示することが可能となります。一方、受託者は、委託者が個々の担当者に対する現場指示を行っている以上、委託者に任せっきりになってしまい、個々の担当者へのフォローを行わないようになります。
このような状況が続いた場合、個々の担当者が肉体的にも精神的にも不調を来してしまうことにもなりかねません。
以上のような事態を防止する必要があることから、偽装請負に対しては厳しい規制が課せられています。
(3)偽装請負とペナルティ
委託者と受託者との取引実情が偽装請負と判断された場合、例えば次のようなペナルティが課せられることになります。
【委託者】
・労働者派遣法に違反するものとして、行政機関からの指導・勧告・公表処分を受ける。また刑事罰に処される。
・労働者派遣法に基づく労働契約申込みみなし制度の対象となる(労働契約申込みみなし制度とは、一定の条件を満たす偽装請負を行った委託者は、受託者の個々の担当者に対して、直接の労働契約を締結するよう申込んだものとして取り扱われる制度のことをいいます。個々の担当者が当該申込みを承諾すれば、委託者と個々の担当者との間で労働契約が成立することになります)。
・助成金の申請ができなくなる(支給除外事由に該当するため)。
【受託者】
・労働者派遣法に基づく許可を得ていないとして、刑事罰に処せられる。
・労働者派遣法に基づく労働契約申込みみなし制度により、有能な人材が流出するおそれが生じる。
・助成金の申請ができなくなる(支給除外事由に該当するため)。
2.IT業界で偽装請負が多い背景事情
上記1.で記載した通り、偽装請負に対しては厳罰で処断するというのが法のスタンスですが、IT業界、例えばプログラム制作やシステム保守管理の現場では横行していると言わざるを得ないのが実情です。
色々と理由は考えられますが、主に次の3点が考えられます。
・成果物を完成させるに当たっては、委託者と受託者の意思疎通を十分にする必要がある。特に、プログラム制作の場合、契約類型を問わず、民事上は委託者には協力義務、受託者にはプロジェクトマネジメント義務が課せられており、積極的な意思疎通がむしろ推奨されていること(労働法視点と契約法視点との相違)。
・1つのプロジェクトに対して多数の事業者が関与するため、効率的な指示命令系統が現場では求められていること(多重下請構造による業務の効率性)。
・客先常駐に代表される、委託者の管理支配下にある空間内で受託者の個々の担当者が業務遂行する環境になりやすいこと(委託者側の従事者と受託者側の従事者との混在)。
なお、近時はアジャイル開発と呼ばれる手法が用いられることも多く、ますます委託者担当者と受託者の個々の担当者同士のコミュニティが求められる傾向にあることから、IT業界は常に偽装請負リスクと隣り合わせという状況に陥っています。
3.偽装請負を防止するための方法
IT業界で偽装請負を防止するには、一般論として
・委託者と受託者の役割分担・作業の明確化を図ること
・双方の責任者を通じた、連絡ルートの一本化を図ること
・双方の意思疎通は、定められた会議内で実施すること
が挙げられます。
ただ、これらを形式的に適用してしまうと、現場作業が回らなくなる恐れがあります。どこまでがセーフで、どのラインを超えたらアウトなのかは手探りにならざるを得ないところ、1つの参考資料となるのが厚生労働省公表の「37号告示」です。
以下では、この「37号告示」を踏まえながら、IT業界において偽装請負とならないための注意点を解説します。
(1)判断基準
37号告示では、「一」及び「二」のいずれについても該当する場合に限り、偽装請負に該当しないとしています。
請負の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させることを業として行う事業主であっても、当該事業主が当該業務の処理に関し次の各号のいずれにも該当する場合を除き、労働者派遣事業を行う事業主とする。
一 次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること。 イ 次のいずれにも該当することにより業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うものであること。 (1) 労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自ら行うこと。 (2) 労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自ら行うこと。 ロ 次のいずれにも該当することにより労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うものであること。 (1) 労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理(これらの単なる把握を除く。)を自ら行うこと。 (2) 労働者の労働時間を延長する場合又は労働者を休日に労働させる場合における指示その他の管理(これらの場合における労働時間等の単なる把握を除く。)を自ら行うこと。 ハ 次のいずれにも該当することにより企業における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理を自ら行うものであること。 (1) 労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自ら行うこと。 (2) 労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと。
二 次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより請負契約により請け負った業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであること。 イ 業務の処理に要する資金につき、すべて自らの責任の下に調達し、かつ、支弁すること。 ロ 業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任を負うこと。 ハ 次のいずれかに該当するものであつて、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと。 (1) 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること。 (2) 自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理すること。 |
やや長文ですが、ポイントは、「一」は業務遂行上の指揮命令は誰によって行われているかを判断するための考慮要素、「二」は業務遂行上の費用負担は誰によって行われているかを判断するための考慮要素、とイメージすれば分かりやすいかと思います。
この37号告示を補完するものとして、厚生労働省より疑義応答集が公表されています。
(2)IT業界で特に留意したい事項
疑義応答集の内、IT業界で特に注意を要する事項につき、ここではピックアップします。
①管理責任者について
疑義応答集(第2集)のQA8では、受託者の個々の担当者が客先にて業務遂行している場合において、管理責任者が常駐していない場合と偽装請負との関係に関する質問につき、次のように回答しています。
請負業務を行う労働者が1人しかいない場合、当該労働者が管理責任者を兼任することはできず、当該労働者以外の管理責任者又は請負事業主が、作業の遂行に関する指示、請負労働者の管理、発注者との注文に関する交渉等を行う必要があります。しかし、当該管理責任者が業務遂行に関する指示、労働者の管理等を自ら的確に行っている場合には、多くの場合、管理責任者が発注者の事業所に常駐していないことだけをもって、直ちに労働者派遣事業と判断されることはありません。(以下省略) |
この回答を踏まえると、客先常駐による業務遂行の場合の注意点は次の通りとなります。
・客先常駐の場合、受託者は2名以上の担当者を配置する必要があること(1名は管理責任者の職務に当たること)
・管理責任者の常駐は必須ではないこと
なお、疑義応答集(第1集)のQA4では、管理責任者と作業実施者の兼任の可否に関する質問つき、次のように回答しています。
請負事業主の管理責任者は、請負事業主に代わって、請負作業場での作業に遂行に関する指示、請負労働者の管理、発注者との注文に関する交渉等の権限を有しているものですが、仮に作業者を兼任して、通常は作業をしていたとしても、これらの責任も果たせるのであれば、特に問題はありません。(以下省略) |
この回答を踏まえると、管理責任者が現場作業を行うこと自体は禁止されていないということになります。したがって、上記疑義応答集(第2集)のQA8と合わせて考えると、注意点は次の通りとなります。
・客先常駐において1名しか担当者が配置されていない場合、管理責任の職務と作業実施の職務の2つを兼ねることはできないこと
②発注者からの情報提供等
疑義応答集(第2集)のQA1では、委託者の都合(スケジュール)確認を要する業務の遂行につき、受託者の個々の担当者より問い合わせがあった場合の対応の可否に関する質問つき、次のように回答しています。
請負(委任及び準委任を含みます。以下同じ。)の業務では、請負事業主が自ら業務の遂行方法に関する指示を行う必要があります。ただし、例えば、通信回線導入の営業業務を行う請負労働者から、請負業務に必要な範囲で、工事スケジュールについての問い合わせを受け、発注者が情報提供することに限られるのであれば、それ自体は発注者からの指揮命令に該当するとは言えないため、直ちに労働者派遣事業と判断されることはありません。
一方、発注者が、工事スケジュールの情報提供に加えて、顧客への営業上の対応方針等を請負労働者に直接指示している場合は、労働者派遣事業と判断されることとなります。 |
委託者が個々の担当者に対して、どこまで情報提供してよいのか、現場実務では悩むことが多いのですが、この回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・受託者による業務遂行方法それ自体に対して、委託者が口出しする場合は偽装請負に該当すること
・受託者による業務遂行を行う上で必要不可欠な委託者側保有の情報提供に留まるのであれば、偽装請負に該当しないこと
ただ、業務遂行方法に対する指示なのか、単なる情報提供にすぎないのか、その判断は難しいところがあります。
この点の具体例について、疑義応答集(第1集)のQA7では作業工程の指示に関する質問に対し、次の通り回答しています。
(省略)…発注者が請負業務の作業工程に関して、仕事の順序・方法等の指示を行ったり、請負労働者の配置、請負労働者一人ひとりへの仕事の割付等を決定したりすることは、請負労働者が自ら業務の遂行に関する指示その他の管理を行っていないので、偽装請負と判断されることになります。
また、こうした指示は口頭に限らず、発注者が作業の内容、順序、方法等に関して文書等で詳細に示し、そのとおりに請負事業主が作業を行っている場合も、発注者による指示その他の管理を行わせていると判断され、偽装請負と判断されることになります。 |
例えば、委託者施設内での常駐型のシステム運用保守業務の場合、委託者より作業の順序・方法等について要望が提示されることが通常ですが、委託者が一切要望を伝えてはならないという趣旨ではありません。
あくまでも、受託者が、何も考えず・判断せず、委託者の言われるがまま作業を行っているにすぎないという状態であれば、偽装請負になるという当然のことを指摘している回答となります。
したがって、これらの回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・委託者の要望を踏まえ、受託者において独自に考案した作業手順書等を作成し、実施するのであれば、偽装請負には該当しないこと
ところで、作業を行っている受託者の個々の担当者においてやり方が分からず右往左往しているにもかかわらず、委託者による情報提供が一切できないとなると、業務に支障を来すことがあります。とはいえ、委託者が、管理責任者を飛び越えて受託者の個々の担当者に対して情報提供することは、偽装請負であることを強く推認させる事情にもなりかねません。
この点、疑義応答集(第1集)のQA10及びQA11では技術指導という名の下での情報提供に関する質問について、次の通り回答しています。
【A10】(省略)…発注者が、…労働者に対して技術指導等を行うことはできませんが、一般的には、発注者が請負労働者に対して行う技術指導等とされるもののうち次の例に該当するものについては、当該行為が行われたことをもって、偽装請負と判断されるものではありません。
[例ア]請負事業主が、発注者から新たな設備を借り受けた後初めて使用する場合、借り受けている設備に発注者による改修が加えられた後初めて使用する場合等において、請負事業主による業務処理に先立って、当該設備の貸主としての立場にある発注者が、借り手としての立場にある請負事業主に対して、当該設備の操作方法等について説明を行う際に、請負事業主の監督の下で労働者に当該説明(操作方法等の理解に特に必要となる実習を含みます。)を受けさせる場合のもの [例イ]新製品の製造着手時において、発注者が、請負事業主に対して、請負契約の内容である仕様等について補足的な説明を行う際に、請負事業主の監督の下で労働者に当該説明(資料等を用いて行う説明のみでは十分な仕様等の理解が困難な場合に特に必要となる実習を含みます。)を受けさせる場合のもの(以下省略)
【A11】請負業務の内容等については日常的に軽微な変更が発生することも予想されますが、その場合に直接発注者から請負労働者に対して変更指示をすることは偽装請負にあたります。一方、発注者から請負事業主に対して、変更に関する説明、指示等が行われていれば、特に問題はありません。ただし、新しい製品の製造や、新しい機械の導入により、従来どおりの作業方法等では処理ができない場合で、発注者から請負事業主に対しての説明、指示等だけでは処理できないときには、問10[例ア]又は[例イ]に準じて、変更に際して、発注者による技術指導を受けることは、特に問題ありません。 |
例えば、一定規模以上のプログラム制作の場合、委託者からのUIや機能などの変更要望などが頻繁に出されたりします。ただ、これらの変更要望は、当初策定した業務とは異なるものであり、本来的には受託者が応じなければならない事項ではない以上、管理責任者を通じて要望を伝え、委託者の責任者と受託者の責任者とで協議するというのが鉄則となります。
一方、例えば、受託者が制作するプログラムにつき委託者が保有する別のシステムとの連携を前提にしている場合、その別のシステムが存在する場所において、作業に従事する個々の担当者がその仕様や内部構成等につき委託者より説明を受けないことには業務遂行に支障を来します。このような現場実情を踏まえ、一定の場合に限り、委託者は受託者の個々の担当者に対して、情報提供することができるということ明らかにしたのがQA10及びQA11の回答と考えられます。
したがって、これらの回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・委託者が受託者の個々の担当者に対して、直接情報提供することは原則NGであること
・業務を遂行する上で必要不可欠な情報であり、かつ現場で実施しなければ教育効果が薄いと考えられるものにつき、一時的に個々の担当者に対して直接の技術指導(情報提供)を行うことは、例外的に許される場合があること
受託者の個々の担当者への直接連絡につき上記のように整理した場合ですが、委託者と受託者の管理責任者との協議の場に受託者の個々の担当者が同席していた場合において、委託者より受託者への情報提供があった場合に受託者の個々の担当者への直接的な指示と評価されてしまうのか気になるところです。あるいは、電子メールであれば管理責任者宛のメールにccで受託者の個々の担当者を含めて情報提供する場合や、ビジネスチャットやLINE等で管理責任者と受託者の個々の担当者の両名が所属するグループ内に委託者が投稿した場合、偽装請負に該当するのか気になるところです。
この点、疑義応答集(第2集)のQA9及びQA10では、次のような回答を行っています。
【A9】発注者・請負事業主間の打ち合わせ等に、請負事業主の管理責任者だけでなく、管理責任者自身の判断で請負労働者が同席しても、それのみをもって直ちに労働者派遣事業と判断されることはありません。
ただし、打ち合わせ等の際、作業の順序や従業員への割振り等の詳細な指示が行われたり、発注者から作業方針の変更が日常的に指示されたりして、請負事業主自らが業務の遂行方法に関する指示を行っていると認められない場合は、労働者派遣事業と判断されることになります。
【A10】発注者から請負事業主への依頼メールを、管理責任者の了解の下、請負労働者に併せて送付したことのみをもって、直ちに労働者派遣事業と判断されることはありません。 ただし、メールの内容が実質的に作業の順序や従業員への割振り等の詳細な指示が含まれるものであったり、作業方針の変更が日常的に指示されたり、あるいは発注者から請負労働者に直接返信を求めている場合など、請負事業主自らが業務の遂行方法に関する指示を行っていると認められない場合は、労働者派遣事業と判断されることになります。(以下省略) |
要は、会議に同席するだけや電子メール等で同時送信するだけでは、直ちに偽装請負と判断されるわけではないということです。
ただ、受託者の個々の担当者が委託者に対し、直接応答しなければならない内容である場合は、偽装請負と判断されることになります。
この回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・会議への同席や電子的手段により同時送信する場合であっても、受託者の個々の担当者が応答せざるを得ない内容であれば、偽装請負と判断される可能性が高まること
・委託者が提供する情報内容が、受託者による作業遂行の裁量性を否定するものであれば、偽装請負と判断されること(なお、上記で記載した疑義応答集(第2集)のQA1及び疑義応答集(第1集)のQA7への回答も参照)
③技能確認
疑義応答集(第2集)のQA13では、委託者が受託者の個々の担当者の技能を確認することの可否に関する質問につき、次のように回答しています。
(省略)…発注者が請負労働者の職務経歴書を求めたり事前面談を行ったりする場合は、一般的には当該行為が請負労働者の配置決定に影響を与えるので、労働者派遣事業又は労働者供給事業と判断されることがあります。特に、職務経歴書の提出や事前面談の結果、発注者が特定の者を指名して業務に従事させたり、特定の者について就業を拒否したりする場合は、発注者が請負労働者の配置等の決定及び変更に関与していると判断されることになります。(省略) |
これ自体は当然の結論であり、特に疑義が生じるものではないかと思います。
ただ、委託者としては、スムーズに業務を進めることができるよう、特定の技能や能力を保有している担当者を希望することは当然あり得ることだと思います。
したがって、この回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・委託者が希望する技能や能力を受託者に伝える場合、属人的なものとならないようにすること(事実上特定の個人を指名するような要望は行わないこと)
④料金体系
疑義応答集(第2集)のQA7では、労働者の人数や労働時間に比例する料金体系と偽装請負の関係性に関する質問について、次のように回答しています。
…(省略)マネキンを含め、販売、サービス又は保安等、「仕事を完成させ目的物を引き渡す」形態ではない請負業務では、当該請負業務の性格により、請負業務を実施する日時、場所、標準的な必要人数等を指定して発注したり、労働者の人数や労働時間に比例する形で料金決定したりすることに合理的な理由がある場合もあります。このような場合には、契約・精算の形態のみによって発注者が請負労働者の配置決定に関与しているとは言えず、労働者派遣事業又は労働者供給事業と直ちに判断されることはありません。(省略) |
一時期、労働者の人数や労働時間に比例する料金体系を定めるだけで、労働基準監督署より偽装請負と指摘されることがあったのですが、この回答が公にされたことで、IT業界で多い料金体系である“人日”や“人月”であっても、それだけで偽装請負と指摘されるリスクは低減されました。
ただ、上記回答は準委任契約に限定したものであり、プログラム開発、システム制作等の成果物の完成が目的となる請負契約を念頭に置いたものではないことに注意を要します。また、この回答が公表されたとはいえ、形式的な労働者の人数や労働時間に比例する料金体系は「単に肉体的な労働力を提供する」と評価される可能性は残っています(上記回答でも、料金体系の合理性を要求されているところです)。
この回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・労働者の人数や労働時間に比例する料金体系を採用する場合、準委任契約であることを前提に、専門的技術や経験を有する業務でありかつ作業時間が重要な算定要素を占めること等(合理性の裏付け)を説明できるようにすること
⑤機械設備の負担なし
疑義応答集(第2集)のQA14では、「自己の有する専門的な技術・経験に基づく業務処理」の例としては、次のように回答しています。
デパートや美術館などの受付案内業務のように、「仕事を完成させ目的物を引き渡す」形態ではない請負業務は、①のような自己負担すべき設備や材料等がなく、②に該当する場合もあると考えられます。これに関しては、例えば、様々な場所の受付における来客対応、案内の方法、様々な客層に対する接遇手法やトラブル発生時の対応等のノウハウを蓄積し、これを基に業務対応マニュアル等を自ら作成した上で、労働者に対する教育訓練を自ら実施し、かつ、当該業務が的確に行われるよう自ら遂行状況の管理を行っているような場合は、請負事業主が自らの企画又は専門的技術・経験に基づいて業務処理を行っていると判断できます。
一方、例えば、発注者から、来客への対応マナーや応答ぶり等をすべて事前に文書等で詳細な指示を受けており、トラブルが発生した場合にはその都度発注者に対応方針の指示を仰ぐこととされているなど、契約上の業務内容に請負事業主の裁量の余地がない場合は、単なる労働力の提供と認められ、労働者派遣事業と判断される可能性が高まります。 |
上記はあくまでも受付業務に関するものですが、IT業界の場合、例えば現場常駐型の保守業務などは、自己負担すべき設備や材料等が想定されず、「自己の有する専門的な技術・経験に基づく業務処理」への該当性が問題となります。
この点、一般的には、保守業務はプログラム等の専門知識を必要とし、不具合が発生した場合の原因究明には高度な経験則を要求され、正常稼働に戻すには特有の技術力を有するものであることからすると、「自己の有する専門的な技術・経験に基づく業務処理」に該当することはほぼ間違いないと考えられます。もっとも、保守業務とはいえ、単なる定点観測を行うにすぎず、何かあれば委託者に報告を行うにすぎないといったものであれば、偽装請負に該当する可能性は生じると考えられます。
この回答を踏まえると、注意点は次の通りとなります。
・「自己の有する専門的な技術・経験に基づく業務処理」とは、受託者の裁量判断による業務遂行が認められていることが前提となること
4.アジャイル開発の特則
アジャイル開発の場合、もともと委託者(ユーザ)の担当者と受託者(開発者)の担当者との密なコミュニケーションを前提とするものであるところ、よりよい開発を行うために、担当者間のコミュニケーションを密にすればするほど、かえって偽装請負に該当する可能性が高まるという矛盾を抱えていました。
この点を意識して、厚生労働省が疑義応答集(第3集)として、アジャイル開発に特化した内容を公表しています。本記事では、上記3.(2)と比較対照する形式で、その回答内容を紹介します。
(1)基本的な考え方
上記の通り、アジャイル開発は偽装請負と紙一重という関係に立つのですが、疑義応答集(第3集)のQA2では、基本的な考え方・発想法として次のような回答が行われています。
キーワードは「対等性」と「自立性」です。
…(省略)発注者側と受注者側の開発関係者が相互に密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案を行っていたとしても、実態として、発注者と受注者の関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合であれば、偽装請負と判断されるものではありません。(省略) |
(2)従来までの考え方との比較対照
①管理責任者について
疑義応答集(第3集)のQA3では、次のような回答が行われています。
…(省略)両者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めている限りにおいては、受注者側の管理責任者が会議や打ち合わせに同席していない場合があるからといって、それだけをもって直ちに偽装請負と判断されるわけではありません。(省略) |
管理責任者が現場に常駐する必要性は無いという従前の回答より、さらに一歩進んで会議への同席が常に求められるわけではないことが示されています。
②現場担当者への情報提供等
疑義応答集(第3集)のQA4では、次のような回答が行われています。
…(省略)両者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めている限りにおいては、そのプロセスにおいて、発注者側の開発責任者が受注者側の開発担当者に対し、その開発業務の前提となるプロダクトバックログの内容についての詳細の説明や、開発業務に必要な開発の要件を明確にするための情報提供を行ったからといって、それだけをもって直ちに偽装請負と判断されるわけではありません。(省略) |
委託者が受託者の個々の担当者に対して情報提供できる場面が、新たな設備の導入といった場面に限定されず、通常業務を遂行する場面でもあり得るという点で拡大されたことが示されています。
③現場担当者への指導
疑義応答集(第3集)のQA5では、次のような回答が行われています。
…(省略)実態として、両者間において、対等な関係の下でシステム開発に関する技術的な議論や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断されるものではありません。(省略) |
委託者が受託者の個々の担当者に対して技術指導を行うことは原則NGとする考え方を大きく変更していることが示されています。
④打ち合わせへの参加
疑義応答集(第3集)のQA6では、次のような回答が行われています。
…(省略)会議や打ち合わせ、あるいは、電子メールやチャットツール、プロジェクト管理ツール等の利用において、発注者側と受注者側の双方の関係者が全員参加している場合であっても、それらの場面において、実態として、両者が対等な関係の下で情報の共有や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断されるものではありません。(省略) |
従前の考え方と大きな差異は無いことが示されています。
⑤技能確認
疑義応答集(第3集)のQA7では、次のような回答が行われています。
…(省略)発注者が特定の者を指名して業務に従事させたり、特定の者について就業を拒否したりする場合は、発注者が受注者の労働者の配置等の決定及び変更に関与していると判断されることになり、適正な請負等とは認められません。
他方で、アジャイル型開発において、受注者側の技術力を判断する一環として、発注者が受注者に対し、受注者が雇用する技術者のシステム開発に関する技術・技能レベルと当該技術・技能に係る経験年数等を記載したいわゆる「スキルシート」の提出を求めたとしても、それが個人を特定できるものではなく、発注者がそれによって個々の労働者を指名したり特定の者の就業を拒否したりできるものでなければ、発注者が受注者の労働者の配置等の決定及び変更に関与しているとまではいえないため、「スキルシート」の提出を求めたからといって直ちに偽装請負と判断されるわけではありません。 |
職務経歴書の提出をNGとする従前の取扱いと比較すると、スキルシートの提出を認めた点では、委託者による技能確認可能な範囲が拡張されたことが示されています。
5.当事務所でサポートできること
業務の効率性など委託者と受託者の利害が一致することから、IT業界では偽装請負がどうしても行われやすい環境であり、必要悪といった認識さえあるようです。
ただ、上記1.(3)で記載したペナルティ、特に労働者派遣法に基づく労働契約申込みみなし制度に関する裁判例が出揃い、社会的認知度が向上しつつある状況下では、委託者にとっては思わぬ人件費の負担が、受託者にとっては思わぬ人材流出という不幸な出来事を招きかねないことに注意を払う必要があります。
当事務所と顧問契約を締結して頂いている事業者のうち約3分の1がIT事業者であるところ、通常業務として、偽装請負にならないための契約書の作成や修正、現場実情を踏まえた体制整備の提案、労働基準監督署への対応などを行っています。この結果、様々な知見やノウハウを習得し、活用できる体制となっています。
偽装請負に関するご相談があれば、是非当事務所をご利用ください。
<2023年11月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
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