契約書のAIレビュー・チェックだけで万全!? 弁護士のリーガルチェックとの異同を解説
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【ご相談内容】
当社のDX化の一環として、契約書の審査をAIに任せるサービスの導入を検討しています。
ただ、ネット記事などを見ていると、AIを用いた契約書審査は違法であるという記述や、AIが出力したレビュー内容に難があるといった記述など、ネガティブな内容を見かけます。
このようなネガティブな指摘は、どこまで考慮したほうが良いのでしょうか。
【回答】
契約書のAIレビュー・チェックの違法性については、法務省が見解を公表しており、現状ではこの見解に沿って、サービス提供者はAIレビュー・チェックサービスを提供していると思われます。
したがって、サービスの違法性については、あまり気にする必要はありません。
一方、AIが出力したレビュー内容については、形式的な誤字脱字を正し、条項を教科書通りに修正してくれるという意味では、高度な正確性を担保できていると思われます。しかし、機械的で柔軟性を欠くレビュー結果しか出力されないというのは事実です。
したがって、AIレビュー・チェックが得意としていること、不得意としていることを理解した上で、最後は人間による補充が必要になるという点を押さえることが肝要です。ネガティブな指摘は、この得意・不得意を見極めるための判断材料を提供してくれていると捉えればよいと思われます。
【解説】
1.契約書のAIレビュー・チェックは違法?
契約書のAIレビュー・チェックが違法なのであれば、なぜこの種のサービスが世に出回っているのか疑問が生じるかと思います。
この点、色々な議論があるのですが、令和5年8月に公表された法務省の見解では、AIだからといって弁護士法第72条の解釈論を曲げることはできず、要件に該当する限りは違法となると結論付けています。
(参考)
AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第 72 条との関係について
そして、適法化するためには、「サービスを弁護士又は弁護士法人以外のものに提供する場合であって、当該提供先が当事者となっている契約についてサービスを利用するに当たり、当該提供先において職員若しくは使用人となり、又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士が、…サービスを利用した結果も踏まえて審査対象となる契約書等を自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う方法で…サービスを利用」するという見解を述べています。
つまり、契約書のAIレビュー・チェック後に弁護士が関与することが必須と結論付けられているのです。
2.契約書のAIレビュー・チェックを謳う商品のからくり
細かな法律上の議論はさておき、現在世に出回っている契約書のAIレビュー・チェックサービスは、弁護士法第72条に定める「鑑定」の要件に該当しないよう注意しながら商品設計がされているようです。
すなわち、サービス提供者においてあらかじめ用意した“チェックリスト”や“理想的な条項が定められた契約書”と、サービス利用者がレビュー・チェックの対象としたい契約書とを突合し、抜け漏れの有無やズレの有無を自動的に判別した上で検証結果を提示するというものです。
要は、予めインプットされた文字情報と契約書の文字情報を照合させるだけなので、弁護士法第72条に定める「鑑定」(法律上の専門的知識に基づき法律的見解を述べる)ではないという建付けです。
このため、サービス提供者が準備している汎用的な契約書の範疇に当てはまる限りは、相応のレビュー・チェックを行うことができますが、範疇外の契約審査は向いていない(できない)という点を知っておく必要があります。
3.契約書のAIレビュー・チェックを利用するメリット・デメリット
弁護士法違反の問題を回避し、世間で提供されている契約書のAIレビュー・チェック商品のメリットとデメリットは次の通りです。
(1)メリット
①業務効率の向上
AIは膨大なデータを短時間で処理できるため、問題点やリスクの抽出(予めインプットされた理想的な条項例との相違)や、修正案の提示(予めインプットされた条項例の選択)を迅速に行うことが可能です。
契約書審査作業に慣れている方はともかく、日常的に契約審査業務を担当していない人が数日かけて行っていた業務を、数時間で完了させることが可能な場合も想定されます。
②コスト削減
AIを導入することで、外部の専門家等に委託していた費用を抑えることが可能です。
なお、契約書のAIレビュー・チェック商品を利用することで蓄積される履歴情報等を社内全体で活用可能となることで、内部リソースの効率化に伴うトータルコスト削減も期待できるかもしれません。
③リスクの低減
AIは定型的・機械的判断を得意とするため、ヒューマンエラーを防ぐことが可能です。
特に条項の抜け漏れや誤字脱字については、威力を発揮するのではないでしょうか。
(2)デメリット
①精度の限界
現在世に出回っている契約書のAIレビュー・チェックサービスは、予めインプットされたデータに依存します。このため、インプットされたデータが不完全である場合、何らかの偏りがある場合、誤った結果が出力されるリスクがあります。
②カスタマイズ性の欠如
AIレビュー・チェックにより出力された結果は、どうしてもテンプレート的な要素が強いものとなります。
この結果、個別の状況やニーズに十分対応できず、後から大幅な修正作業が必要になるケースもあります。
③責任の所在の不明確さ
AIレビュー・チェックにより出力された契約書に問題が発生した場合、誰が責任を負うべきかが曖昧になります。
当然のことながら、一次的にはサービス利用者が責任を負担することになるのですが、その原因を突き詰めていくことで、実際にサービスを利用した担当者、担当者を監督する上司、あるいはサービス提供者など責任が分散する可能性が出てきます。
④費用負担
AIレビュー・チェックサービスを利用するのは、一定の利用料を支払う必要があります。実際に利用する担当者の対応能力、使用回数や頻度、出力された結果内容の満足度など様々な要素が関係してきますが、総合的に見れば外部の専門家等に依頼した方が安価という場面も有り得る話です。
⑤社内体制の整備
契約書のAIレビュー・チェックサービスはインターネット回線を通じて提供されるものであるため、情報漏洩と隣り合わせと言わざるを得ず、セキュリティ対策が必要となります。
このため、かえって社内での確認フローが増えてしまい、迅速性や簡易性を損なう恐れがあります。
4. 契約書のAIレビュー・チェックを利用する際に伴うトラブル防止策と対処法
(1)トラブル防止策
契約書のAIレビュー・チェックは便利でありメリットもあるのですが、一方で次のようなトラブルも想定されるところです。
(例1)インプットされたデータの誤りや偏りにより、出力された修正条項案が誤解を招く表現になっている。
(例2)最新の法改正や裁判動向が反映されていないことにより、必要な条項が抜けている、または不適切な条項が含まれている。
(例3)汎用的なテンプレートをベースに審査するため、業界特有のリスクに対応できていない契約書が生成される。
(例4)サービス提供者によるセキュリティ対策が不十分であるため、契約書の内容が第三者に漏洩する。
(例5)サービス提供者側のサーバ等に不具合が生じ、サービスが利用できない、蓄積されたデータが消失する。
上記以外にも様々なトラブルが考えられるところですが、契約書のAIレビュー・チェックサービス導入によるリスクを最小限に抑えるため、次のような予防策を講じることが重要と考えられます。
①AIの適切な選定と運用
最新の法改正や判例に常時対応していることは当然のこととして、信頼できるサービス提供者を選択することが何より重要です。
なお、選択に際しては、SLA、セキュリティ、責任範囲などがどうなっているのか利用規約等を精査したいところです。
②人間による最終確認
契約書のAIレビュー・チェックにより出力された内容を担当者はもちろんのこと、場合によっては弁護士等の専門家が必ず確認し、必要に応じて修正を加える場面があることを意識することが重要です。
特に、重要な契約書や交渉が必要な契約においては、契約書のAIレビュー・チェックのみに依存しない社内体制を整えることがポイントです。
なお、契約書チェックのコツについては、次の記事をご参照ください
③データの管理とセキュリティ対策
審査対象となる契約書のデータをクラウドにアップロードする際は、データ暗号化やアクセス制御を徹底することも重要です。
特に、契約書に機密情報が含まれている場合は、可能な限り匿名化やサニタイズ処理を施すといった事前対応を行うべきです。
④社内教育と運用ルールの整備
契約書のAIレビュー・チェックサービスの使用方法やリスクについて、関係者に教育を実施することはもちろん、その活用範囲と人間の責任範囲を明確化し、運用ルールとして文書化することが重要です。
(2)トラブルが発生した場合の対処法
契約書のAIレビュー・チェックサービスを利用したことで、万一トラブルが発生した場合、例えば次のようなフローで適切に対応することが求められます。
①問題の特定と原因究明
出力された契約書の誤りや不備の内容を精査し、AIの出力ミスか、運用上の問題かを切り分ける。そして、必要に応じてサービス提供者と連携し、技術的な問題の解消を図ることが重要となります。
②契約書の修正
契約締結前に発覚した場合は、速やかに問題箇所を修正し、当事者間で合意を再確認します。もし契約締結後に発覚した場合は、補充契約や合意書を作成し、トラブル回避に努めることになります。
③責任の分担と対応
サービス提供者と締結している契約・利用規約の内容を確認の上、関係者間で協議しつつ、発生した損害が重大な場合は、法的措置や保険の適用を検討することになります。
④再発防止策の導入
トラブルの原因を元に、契約書のAIレビュー・チェックの運用フローの改善を行うことになります。なお、重大なトラブルであった場合、第三者機関による外部監査を受けることも想定する必要があります。
5.契約書のAIレビュー・チェックを導入しても、なお弁護士に相談するメリット
契約書のAIレビュー・チェックと弁護士によるリーガルチェック業務は、それぞれ得意とする分野が異なります。このため、むしろ補完し合うことで効率的かつ正確な契約書審査が可能となることが弁護士に相談するメリットとなります。
具体的には次のようなメリットが挙げられます。
①法的判断と解釈の精度
AIは過去のデータやパターンに基づいてリスクや問題点を指摘しますが、法律の微妙な解釈や個別ケースに対応した判断が苦手です。
一方、弁護士は、契約書の条項をクライアントの意図や状況に合わせてカスタマイズし、解釈が異なる場合にどの解釈がクライアントにとって有利かを判断します。
例えば、弁護士であれば、新型コロナ等による社会的混乱が発生した時点において、即座に感染症が不可抗力に含まれるような契約書の修正対応を行うといった提案が可能となります。
②クライアントのビジネス戦略や交渉力の強化
AIは中立的なチェックやリスク指摘が得意ですが、交渉戦略や対人関係を考慮することはできません。
一方、弁護士は、クライアントのビジネス戦略や交渉の背景を踏まえて、契約条項を調整します。
例えば、「損して得取れ」ではないですが、あえて細部で不利な条項を受け入れつつ、本丸となる条項は有利な内容とするといった、交渉時に相手の反応を読み取りつつ、より良い条件を引き出すサポートを行うことが、弁護士では可能となります。
③法改正や最新の判例への対応
AIは基本的には導入時点のデータを基に学習しており、法改正や判例変更への対応が遅れがちとなります。
一方、弁護士は最新の法改正や判例、業界の動向に基づいて、即時に契約書に修正内容を反映させることができます。
例えば、消費者法や労働法分野では、法改正はもちろん、監督機関が示す通達やガイドライン、裁判所の新たな判断などが示されるため情報の差替え頻度が高い分野であり、AIが後追いになる以上、弁護士のアドバイスが必要不可欠となります。
④トラブル発生時の対応力
AIは契約書の修正提案やリスク分析は得意ですが、トラブルが発生した後の対応(交渉、訴訟、和解提案など)はできません。
一方、弁護士は契約違反や紛争が起きた場合、交渉や法的手続きを通じてクライアントをサポートすることができます。
例えば、AIには難しい「ケースバイケース」の複雑な交渉や、感情面への配慮は、むしろ弁護士に任せる方が有利と言えます。
⑤業界特有の事情への対応
AIは一般的な契約書のリスク指摘が得意ですが、特定の業界特有の慣習や商習慣、リスクまで深く考慮することは難しいです。
一方、弁護士は業界の商習慣や独自のリスクに精通している場合もあり、契約内容が現実的かつ適切であるかを確認できます。
例えば、システム開発業界に精通する弁護士であれば、契約締結後に注文内容が変更されることは日常的に有り得ることを踏まえ、契約による拘束力を緩める条項と締め付ける条項とを意識的に使い分けるといった対応が可能となります。
⑥クライアントとの信頼関係と安心感
AIはツールとして有用ですが、感情や信頼関係を築くことはできません。
一方、弁護士はクライアントとのコミュニケーションを通じて、状況に合わせたきめ細かな対応や精神的な安心感を提供します。
例えば、弁護士であれば、初めて契約を作成するクライアントに対して、リスクの背景や理由をわかりやすく説明し、安心感を与えることが可能です。
⑦カスタマイズと柔軟性
AIは既存のテンプレートやパターンに基づく提案が中心で、個別の特殊な事情に完全には対応しきれない場合があります。
一方、弁護士は、些細なポイントでも、クライアントのニーズに合わせた契約内容の微調整が可能です。
例えば、相手方の属性や立場に応じて、言い回しや表現を変更するといった対応が可能です。
契約書のAIレビュー・チェックサービスは、契約書業務の効率化に大いに役立ちますが、弁護士の専門性、柔軟性、最新の法律知識、交渉能力、そしてクライアントに寄り添う姿勢はAIでは代替できないものです。
AIを導入していても弁護士のサポートを受けることで、法的リスクの最小化とクライアントニーズの最大化が可能となります。
6.当事務所でサポートできること
当事務所と取引のあるクライアント様の中には、契約書のAIレビュー・チェックサービスを利用されているところもあります。このようなクライアント様に対し、クライアント様が要望している内容が適切に反映されているのかという観点で、弁護士が最終チェックを行うといったサービスを提供し、AIと弁護士の役割分担を実現できている事例があります。
また、当事務所では、契約書の作成やリーガルチェックを日常業務として取り扱っています。
このため、実例を踏まえた数々の知見とノウハウを蓄積していますので、ご相談者様には経験に裏付けられたアドバイスをご提供することが可能です。
そして上記に加え、当事務所はさらに次のような特徴を有しています。
①専門知識に基づく理解:当事務所の代表弁護士は情報処理技術者資格を保有し、契約書のAIレビュー・チェックに潜む独特のリスク等を把握しています。このため、相談しても弁護士が理解できない・理解するまで時間がかかるといった問題が生じません。
②カスタマイズされたサポート:企業の規模や業種に応じた法的サポートを提供し、それぞれのニーズに合わせた柔軟な対応が可能です。
③早期解決を目指す交渉力:トラブルが発生した場合、法廷外での早期解決を目指した交渉に尽力します。
契約書のAIレビュー・チェックを導入しつつも、ピンポイントで弁護士のアドバイスが欲しいといったニーズについても、当事務所の弁護士が全力でサポートします。
契約書のリーガルチェックについて、お困り事や悩み事があれば、是非当事務所までご相談ください。
<2025年1月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。