契約書の誤字や用語例の選択ミスによる法的リスクとは
【ご相談内容】
取引開始に当たり、当社より契約書案を提示したところ、取引先より多数の誤字や条項ズレ等の指摘を受けました。
このようなミスを今後は防止するべく対策を協議しているところなのですが、契約書の作成や検証を行うに際し、どのようなミスに注意するべきなのかを教えてください。
【回答】
弁護士の立場で契約書の検証業務を行う場合、色々なミスを発見することが多いところ、ある程度パターン化しリスト化することで、多くのミスを防止できるのではないかと思われます。
そこで、以下の【解説】では、どのようなミスが多いのか、ミスが何故問題となり得るのか、具体例を示しながら説明します。
なお、契約書に誤り等があった場合の修正方法については、次の記事をご参照ください。
【解説】
1.誤字脱字
誤字脱字の程度によっては何とかなる場合もありますが、場合によっては致命的なミスとなる可能性があります。
売買契約書
売主(以下「甲」という)と買主(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。
第×条…(例1) 甲は乙に対し、目的物の代金を支払う。
第×条…(例2) 目的物の運搬、設置及び取付けに要する費用は乙の負担とする。 |
(例1)の場合、目的物の代金は買主である乙が支払うこと、したがって、甲と乙が逆になる誤りがあること明らかです。この場合は契約書の記載はともかく、当事者の本来の合意内容を探るという契約の解釈論によって、誤りが致命傷とならず救済することが可能と考えられます。
一方、(例2)の場合、運搬、設置及び取付け費用は、売主が負担する場合もあれば買主が負担する場合の両方が考えられ、双方が相手方負担を主張した場合、一義的にどちらが負担するのか契約解釈することは不可能です。したがって、甲が負担するものと考えていた乙の立場からすれば、致命的なミスとなり得ます(例えば大型機械の設置搬入等の場合、その費用だけで数十万円以上の負担が生じることも多々あります)。
2.記載内容のあいまいさ
記載内容があいまいな場合、複数の契約解釈論が成立し、契約書を作成したことでかえって紛争が発生したということもあり得ます。
(1)主語、相手方、目的物があいまいな場合
事業譲渡(売買)契約書
売主(以下「甲」という)と買主(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。
第×条…(例1) 甲は乙に対し、甲が運営する「××サイト」を金×円で売渡す。
第×条…(例2) 「××サイト」の運営責任者である××は、引続き雇用を継続する。
第×条…(例3) 乙は、「××サイト」の譲渡に要する一切の費用を支払う。 |
上記は、既に開設・運営実態のあるWEB事業を売買するための契約書の一部です。
まず、(例1)の場合、一見すると売買対象物は「××サイト」で特定されているように思われるかもしれません。
しかし、一口に「××サイト」といっても、「××サイト」を構成するコンテンツやプログラムだけに留まるのか、それ以外にも例えば、①「××サイト」の運営に必要なドメインやサーバは含まれるのか、②顧客情報は含まれるのか、③「××」サイトの維持管理に要する保守業者や外部ツール等の契約は含まれるのか、等々さまざまなことが想定されます。
上記の(例1)では、具体的に何が含まれるのかが不明確であるため、売主と買主とで想定していた売買対象物にズレが生じ、紛争が発生する恐れがあります。
次に、(例2)の場合、主語が無いため、事業譲渡(売買)契約後において、誰が運営責任者を雇い続けるのかが不明確となっています。例えば、運営責任者が優秀なSEであり、売主は引き続き雇い続けたいと考える場合もあれば、「××サイト」を運営するための現場実務を知っているのは運営責任者であるため、買主は人材として必須であると考える場合もあり得る話です。
当事者間では当たり前と考えていたとしても、いざ契約書に上記(例2)のような表現をしてしまうと、各当事者の思惑により紛争が発生する恐れがあります。
最後に、(例3)の場合、例えば、乙からすれば、契約当事者は甲である以上、譲渡費用を甲に支払えばよいと考えているかもしれません。しかし、「××サイト」の譲渡のためには外部業者に名義変更料を支払う必要があるところ、甲はこの名義変更料についても乙の負担であり、外部業者に対して乙に直接請求するよう働きかけるかもしれません。この場合、乙は、甲以外の第三者より費用請求されることになり納得がいかないという事態も想定されます。
この結果、「誰に対して」という相手方の記載が不明確であることを原因として紛争が発生する恐れがあります。
結局のところ、契約書においても、文章作成の基本である、「誰が」、「誰に対し」、「いつ」、「どこで」、「何を」、「どうやって」という5W1Hをあいまいにすることは危険であることを認識する必要があります。
(2)日本語としてあいまいな表現の場合
事業譲渡(売買)契約書
売主(以下「甲」という)と買主(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。
第×条…(例4) 甲は乙に対し、「××サイト」運営のためのマニュアル書類・データを引き渡す。 |
(例4)で意識してほしいのは「・」です。
上記条項ではマニュアル書類とマニュアルデータを引き渡すことになっているのですが、書類とデータの両方を引き渡すのか、書類又はデータのいずれか一方を引き渡すのかが明らかではありません。
なぜ、このようなことが生じるかというと、「・」という用語例につき、「かつ」なのか「又は」なのか明確な日本語上の定義が定められていないからです。
この場合、乙は書類とデータの両方を引渡せ(両方引渡さない場合は契約違反である)、甲は書類又はデータを引渡せば足りる(両方の引渡しは過剰要求である)として、深刻な紛争になることもあり得ます。契約内容の解釈を一義的なものとするためにも、記号等で省略表記はせず、確実な言葉に置き換えて定めたいところです。
3.条項引用の不正確さ
これは契約書の修正(条項の加除修正)等が重なってきた場合に起こりがちなのですが、場合によっては致命的なミスにつながることもあります。
制作物委託契約書
委託者(以下「甲」という)と受託者(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。
第z条 第a条、第b条及び第c条の規定は、本契約終了後も引き続き効力を有する。
(引用元)第a条 受託者は、委託者より預託した金型を善良な管理者の注意をもって保管する。 |
制作物委託契約が終了する場合、乙が甲より預かった金型を預かり続ける理由はありません。また、乙にとっては保管場所の確保や盗難防止措置等の負担など、むしろ早く返還したいと考えているのが通常です。
したがって、一般的には第a条を残存条項として引用するのはおかしいのですが、保管場所を有しない甲があえて定めている可能性も否定はできません。
したがって、契約の解釈論(契約当事者の合理的意思の探求)では如何ともしがたく、上記のような契約となっている場合、乙は取引もないのに金型を保管し続けることとなり極めて不合理な状態となります。
契約書の修正などを重ねていると、引用条項にズレや間違いが生じることは多々ありますので、十分注意すると共に、可能であれば条項引用に頼らない契約書を作成したいところです。
さて、上記以外でも、そもそも条項等を引用する場合の表現方法につき、法的ルールを十分に理解していないという事例を散見します。ここで表現方法につきまとめておきます。
・「前条」…これは直前の条文を指します(例えば、第11条において「前条による…」といった記載があった場合、第10条を指します)。
・「前2条」…これは、前の2つの条文を指します(例えば、第11条において「前2条による…」といった記載があった場合、第9条と第10条の両方を指します)。
・「前各条」…これは、前に出てきた全ての条文を指します(例えば、第11条において「前各条による…」といった記載があった場合、第1条から第10条まで全てを指します)。
ちなみに、上記はいずれも「前」の条文を引用する場合の表現方法です。「後」の条文を引用する場合ですが、直後の条文であれば「次条」という表現を用いることがありますが、「次2条」や「次各条」といった表現を用いることはありません。一般的には具体的な条文を明記することが多いようです(例えば、第11条の条項中に第13条のことを示したいなら、「第13条に定める…」といった表現を用います)。
4.不適切な法律用語の使用
法律用語は厳密な定義がなされていることが多く、場合によっては一般的な意味合いと異なることがあります。それを意識することなく契約書に用いた場合、後でとんでもない事態になってしまうこともあり得る話です。
売買契約書
売主(以下「甲」という)と買主(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。
第×条…(例1) 本商品の引渡し後に契約の目的に反する不適合が発見された場合、甲は、不適合のあった商品及び当該商品と同時期に出荷した他の商品を、乙が購入した金額と同額で買い戻さなければならない。但し、不可抗力の場合はこの限りではない。
第×条…(例2) 乙が本商品を一年度内に1000個を超えて購入した場合、甲は乙に対し、協賛金として×円を支払う。 |
まず(例1)は、「不可抗力」と「帰責性なし」を同一視している場合に生じうるミスです。
たしかに、日本語表現としては、相手に責任が無いという意味で不可抗力という言葉を用いることがあるかと思います。しかし、法令用語としては、帰責性がないとされる様々な事由の内、その1つが不可抗力であるという捉え方をするのが通常です。
したがって、もし甲の立場の場合、甲に帰責性が無くても不可抗力に該当しない場合は契約不適合責任を負うと解釈されることになるため、不利な立場に追い込まれることになります。
日本語としての意味はこうだから大丈夫だろう…と安易に考えると、後でとんでもない事態に追い込まれてしまいますので、法令用語については正確に理解した上で、契約書の作成や検証を行いたいところです。
次に(例2)は、よく勘違いされる法律用語の代表格である「超えて」の解釈論についてです。
この点、1000個以上購入すれば協賛金を受領することが可能と解釈する方もいるのですが、法的にはそのように解釈しません。この場合、1001個以上購入した場合は協賛金の対象となると解釈することになります。
まとめますと、
・「超える」は、記載されている数字を含まず、当該数字より大きな数字を表す場合に用いる言葉
・「以上」は、記載されている数字を含んで、当該数字より大きな数字を表す場合に用いる言葉
となります。
ちなみに、逆のパターンですが
・「未満」は、記載されている数字を含まず、当該数字より小さな数字を表す場合に用いる言葉
・「以下」は、記載されている数字を含んで、当該数字より小さな数字を表す場合に用いる言葉
となります。
細かいと思われるかもしれませんが、数え方については、厳密な法律用語が割り当てられていますので、正確に把握したいところです。
あと、よく間違えやすい法令用語としては次のようなものがあります。
(a)「前」と「以前」
・「前」とは、その基準となる時点を含まず、当該時点より前の時点を示す言葉(例えば、1月31日前に生じた費用という表現であれば、1月30日より遡って発生した費用のことを意味します)
・「以前」とは、その基準となる時点を含み、当該時点より前の時点を示す言葉(例えば、1月31日以前に生じた費用という表現であれば、1月31日より遡って発生した費用のことを意味します)
(b)「後」と「以後」
・「後」とは、その基準となる時点を含まず、当該時点より後の時点を示す言葉(例えば、1月31日後に生じた費用という表現であれば、2月1日より発生した費用のことを意味します)
・「以後」とは、その基準となる時点を含み、当該時点より後の時点を示す言葉(例えば、1月31日以後に生じた費用という表現であれば、1月31日より発生した費用のことを意味します)
(c)「損害賠償」と「損失補償」
・「損害賠償」とは、契約違反や不法行為など相手方の違法性を根拠に金銭的な補償を意味する言葉
・「損失補填」とは、相手方に違法性はないものの、被った不利益を金銭的に補償することを意味する言葉
cf相違点は、損害賠償については契約書に定めなくても民法等の法令により請求することが可能であるのに対し、損失補填は契約書に定めない限り請求することが不可となるという点です(相手方の行為は適法である以上、本来的に相手方は金銭補償をする理由がないため)。
その他、法令用語として独特のルールが定められている言葉がいくつかあります。
(ア)「及び」と「並びに」
どちらも並列的な並びを意味する言葉ですが、例えば、「A及びB並びにC」と記載されていた場合、『AとB』と『C』というカテゴリー分けを行うことを意味します。
(イ)「又は」と「若しくは」
どちらも選択的な接続を意味する言葉ですが、例えば、「A又はB若しくはC」と記載されている場合、『A』あるいは『BあるいはC』というカテゴリー分けを行うことを意味します。
(ウ)「場合」と「とき」と「時」
「場合」と「とき」は、仮定条件を示す場合に用いる言葉であるのに対し、「時」は一定の時点や時間を意味する場合に用いる言葉であって、仮定条件を示す場合には用いられません。
なお、「場合」と「とき」の使い分けですが、仮定条件が2つ以上重なる場合、大きい条件に「場合」を使い、小さい条件に「とき」を使うとされています。
(エ)「直ちに」と「遅滞なく」と「速やかに」
いずれも時間的な経過や期限を示す言葉ですが、即時性が強い順に「直ちに」、「遅滞なく」、「速やかに」という言葉を使うというのがルールとなっています。
ただ、具体的に何日までにという明確な基準が定義づけられているわけではありませんので、必ずしも意識的に区別して用いられているわけではないこともあるようです。明確な基準を設ける観点からは、これらの言葉ではなく、「×日以内」、「×日間」、「×までに」といった数字で経過や期限を示したほうが無難です。
(オ)「その他」と「その他の」
どちらもその直前にある例示を受けて、より広範囲の例示を導くために用いられる言葉ですが、「A、B、その他C…」と表現された場合、A、B以外にCというものがあるという意味になります。一方、「A、B、その他のC」と表現された場合、CにはAとBが包含されるという意味になります。
5.法改正に対応しない用語例の使用
最近、法改正の頻度が多くなってきているのですが、契約書の作成やチェックに大きな影響を及ぼす近時の法改正と言えば、2020年4月より施行された民法(債権法改正)となります。
法改正があったにもかかわらず、旧法での用語例を使用することで契約内容が不明確となる場合があります。
売買契約書
売主(以下「甲」という)と買主(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。
第×条 本商品の引渡し後1年以内に瑕疵が発見された場合、乙は、瑕疵担保責任を負う。 |
民法が改正されて数年が経過しているのですが、未だに「瑕疵」や「瑕疵担保責任」という用語例を使う契約書を多く見かけます。しかし、2020年4月より施行された民法では、瑕疵という言葉は削除され、新たに契約不適合という概念が用いられていること、及び瑕疵担保責任は廃止され、契約不適合責任という新たな法制度が導入されています。
この結果、上記の条項例の場合、「瑕疵」とは何を指すのか、乙が負担する瑕疵担保責任とは何を意味するのか内容不明確なものとなっています(改正後の「契約不適合」と旧法の「瑕疵」は一部重複する内容ではあるのですが、厳密には異なる概念です。また、改正後の契約不適合責任と旧法の瑕疵担保責任とでは、例えば履行追完請求が認められるのかという点で相違点があります)。
法改正内容を十分に理解しないまま契約書を作成することで、売主は本来請求できたはずの責任追及ができない恐れが生じること、買主は想定外の責任追及をされる恐れがあることから、契約書の審査に当たっては、専門家の目を通すことを意識したいところです。
ところで、瑕疵担保責任が契約不適合責任に置き換えられたという理解の元、機械的に「瑕疵」を「契約不適合」に、「瑕疵担保責任」を「契約不適合責任」に置き換えて対処するという事業者も少なからず存在するようです。
たしかに、それで事足りる場合もあります。
しかし、例えば検収条項において「瑕疵の有無を検査する」と定めてあったのを、「契約不適合の有無を検査する」と修正した場合、従来であれば瑕疵=外観検査で足りると解釈されていたものが、契約不適合=外観検査以外の内容物検査も必要と解釈される可能性があります。この結果、①検査を行う側は負担が重くなること、②検収合格により生じる効果の定め方によって、従来とは異なる法的効果が生じること(例えば、隠れたる瑕疵があった場合を除き検収合格によって責任追及不可と定められていた場合において、検収後に外観検査だけでは容易に発見しえない不具合が見つかったとき、従来であれば責任追及できる可能性があったにもかかわらず、修正後は責任追及不可となる可能性が高くなります)が想定されます。
したがって、安易に用語例だけを置き換えるという対処はするべきではありません。
6.当事務所でサポートできること
日数をかけ何度も繰り返しチェックしたから大丈夫と思っていても、第三者である弁護士の目を通して検討することで、思いもよらない誤字脱字が発見される場合があります。また、弁護士の専門的知識を通して検証することで、用語例の乱れや矛盾など契約内容に重大な影響を与えかねないミスが発覚する場合があります。さらに、法令に対する誤解や不正確な理解に基づく重大な過誤が見つかる場合もあります。
当事務所では、常時契約書の作成及びチェックを行っており、契約書のミスの発見と修正に対応できる相当数のノウハウを有しています。
契約書のミスを防止したいのであれば、是非当事務所にご相談ください。
<2023年1月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
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