【事業承継の勘所⑧】近時導入の兆しがみられる事業承継対策
1.はじめに
これまでは、従前より行われていた事業承継対策(遺言書の活用、生前贈与・売買、株式分散防止策、M&Aなど)について解説を行いました。
このような対策のほかに、近時注目されている事業承継対策として、「民事信託」があります。今回は、これらの制度について概要を解説していきます。
2.民事信託とは?
信託といえば、“信託銀行”を思い浮かべる方も多いかと思います。
ある種間違ってはいないのですが、今回解説する民事信託とは、信託銀行の役割(=受託者)を金融機関以外の第三者に任せるというものです。簡単な図を以下示します。
「受“託”者」と「受“益”者」という紛らわしい用語が出てきますが、民事信託の場合、3名の当事者が出てくるのが原則であるということをイメージしてください。
(※ちなみに、呼称として3名の当事者が出てきますが、実は委託者と受益者を同一人物にするといったことも可能です。事業承継の場合、オーナー社長が生前中は、株式について形式的には受託者に移転することで相続財産から隔離したうえで、株式の権利行使については委託者であるオーナー社長に留保する、株式による利益配当等については受益者をオーナー社長とすることで取得する、といった裏技?的なことが行われたりします。少し頭が混乱するかもしれませんが、このような利用方法については別途ご相談ください)
3.民事信託を事業承継にどのように利用する?
事業承継を念頭に置いた場合、例えば高齢のオーナー社長(委託者)が、事業を承継させたい未成年親族(受益者)のために、信頼している番頭さんや親戚(受託者)に未成年親族(受益者)が事業を継げるときが来るまで財産管理を託し、そのときが来たら事業用財産を未成年親族(受益者)に渡してしまうことを可能にする、といったスキームが考えられます。
ところで、上記のような例をあげた場合、遺言書を活用することで実現可能では?という質問を必ず頂戴します。たしかに、遺言書を活用することである程度実現することが可能なのですが、決定的に違うのは、
・オーナー社長が生前のときから利用できること(遺言書が効力を有するのはあくまでもオーナー社長が死亡してから)
・オーナー社長(委託者)が生前中に受託者に対して形式的に所有権が移転するとしても、受託者による権利行使に制限
を加えることができること(遺言書の場合、生前中に権利行使の制限を加えることは不可能。また、遺言書は権利を誰に帰属させるかしか決めることができない)
・オーナー社長が死亡しても、信託内容は法律上拘束力を有すること(遺言書の場合、受託者に財産を帰属させた後、受託者が受益者に財産を譲渡させることについてまで法的拘束力を及ぼすことができない)
といった点があげられます。
信頼できる受託者が存在することが最大のポイントにはなってしまいますが、うまく活用すれば、オーナー社長の意思を、オーナー社長が死んだ後でも法的拘束力をもって実現することが可能となる制度でとなります。特に、親族承継や代々世襲している事業などであれば、その活用のメリットは大きくなると考えられます。
また、上記例とは異なりますが、後継者が未定であり、オーナー社長が生前中に後継者を決めることが困難という事例の場合、受益者を相続人全員にしたうえで、受託者に後継者指名権を付与し、指名された後継者へ事業用財産を譲渡させる義務を負担させるといった活用方法も考えられます。
4.民事信託の注意点
上記のように民事信託については、非常に魅力的な制度となっているのですが、現状では普及しているとは言い切れない状態です。
これは民事信託制度が導入されたのが平成18年と比較的最近であり、あまり認知が進んでいないこと(オーナー社長にとっても、弁護士等の専門家にとっても)が大きな要因と考えられます。
また、民事信託を活用した場合の遺留分減殺はどうなるのかといった法務的問題や税務面での処理(通常の相続よりも友軍されるのか)についても、まだまだ未解決のところが多いのも事実です。
したがって、民事信託を活用する場合、どうしても時間をかけながら、1つずつ問題処理していかざるを得ないのが現状となります。
(平成29年9月14日更新)
※上記記載事項は当職の個人的見解をまとめたものです。解釈の変更や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。