【事業承継の勘所④】事業承継対策と売買
1.はじめに
前回、相続開始(オーナー社長死亡)時点より前の段階で講じる事業承継対策として、生前贈与という手法をご紹介しました。
そして、どうしても遺留分侵害の問題を避けては通れないことにも触れました。
今回は、遺留分侵害の問題を回避するための手法の1つである、売買による株式や事業用不動産等を後継者に移転する方法について解説を試みます。
2.売買代金の決め方について
民法上の売買の大原則から言えば、売買価格については特段の制限はありません。したがって、いくらでもよい(極端に言えば1株1円など)というのが一応の結論とはなります。
しかし、遺留分の問題を避けるためには適正価格を算定したうえで売買する必要があります。また、課税上の問題もありますので、基本的には税務上の評価額をベースに売買金額を定めることが多いのが実情です。
3.株式売買と贈与の比較
今回紹介した「売買」と前回紹介した「贈与」との違いは、事業承継のための株式や対象不動産などを有償で譲り受けるのか、無償で譲り受けるのかというのかという点は直ぐに理解ができるかと思います。
では、それ以外にどういったメリット、デメリットの相違が生じるのでしょうか。税務上の問題は、税理士に確認して頂く必要がありますが、主立ったものは次の通りです。
メリット | デメリット | |
売買 | ・適正価格である限り、遺留分侵害の問題が生じない。 | ・後継者の購入資金が必要。 ・現オーナーについて、売買代金に関する相続対策が別途必要。 ・現金や預貯金を売買にて引き渡すことが困難。 |
贈与 | ・株式や不動産などの資産以外に現金や預貯金も引渡し対象とすることが可能 | ・遺留分侵害の問題が生じる。 ・一般的に相続税よりも贈与税の方が高率であり、納税資金の準備が必要。 |
ところで、上記のうち「現金や預貯金」の引渡しについて少し触れておきます。
ある程度長期的な視野に立って事業承継対策を考えて行った場合、贈与税の非課税枠の範囲内で現金(預貯金から引き出した金銭を含む)を、オーナーから後継者に贈与し、その贈与を受けた金銭で、少しずつ株式等を買い増していくという方法が取られる場合があります。
この手法が取られる理由は、贈与という形式をとることで、①後継者の買取資金不足を解消しつつ、②贈与税がかからない範囲であれば特別受益になりにくい、③遺留分侵害の問題が起こるとしても直近1年内の贈与額内に限定されるので大した金額にならない、ということを見越した上での手法といえます。
場合によってはこのような手法をお勧めすることもあり得るのですが、ただ、どうしても綱渡り的な手法であることは否めず、場合によっては実質的には株式や事業用不動産等の贈与ではないか、と主張されてしまい、あとで争いになるリスクは残ります。
この手法を取るにしても、現金授受の点についてもっと他の理由を付ける、その理由による課税関係はどうなるかといった事項を弁護士と税理士の両名で検証しながら、進めていく必要があります。
4.用語の確認
ちなみに、相続について検討を行った場合、似たような言葉が出てきますので、ここで簡単にまとめておきます。
【生前贈与】…典型的な対象財産を無償で引き渡す、贈与者と受贈者の合意(=契約)のことをいいます。
【死因贈与】…贈与者が死亡したとき(相続発生時)に、対象財産を無償で引渡す、贈与者と受贈者の生前合意(=契約)のことをいいます。
【遺贈】…遺言に基づき、遺言者が“一方的に”対象財産を引渡す法律上の行為のことをいいます。
5.まとめ
事業承継のために必要な株式や事業用不動産などの財産移転に関する話を3回にわたしおこなってきました(遺言、生前贈与、売買)。
次回は、事業承継の中でも経営支配を行うために必須となる、“株式”に絞って、株式の分散防止策の解説を試みます。
(平成29年9月6日更新)
※上記記載事項は当職の個人的見解をまとめたものです。解釈の変更や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。