年俸1700万円も貰っていれば十分!?~医師の高額年収と残業代の話
【質問】
当方医療機関です。この度、新たに勤務医を迎えるにあたり、ある程度の残業や夜勤が見込まれることから、当医療機関では破格の年俸1700万円で労働契約を締結することになりました。
年俸には残業代が含まれていることを明記した書面を勤務医に署名押印してもらったのですが、当該勤務医が退職後、残業代の支払いを請求してきました。
当医療機関は支払いに応じる必要があるのでしょうか。
【回答】
勤務医に署名押印してもらった書面の内容を精査しないことには分かりませんが、漫然と「年俸1700万円(残業代込み)」と記載しているに過ぎないのであれば、残業代の支払い義務を負担する可能性が極めて高いと考えられます。
【解説】
1.はじめに
「働き改革」という名の下で、長時間労働を抑制する方向で議論が進んでいることは皆様ご承知の通りです。実は長時間労働を抑制する法規制として、法定労働時間を超えた場合は一定の割増賃金を支払うという規制が存在しているのですが、残念ながら現実の日本社会では一切の残業を認めないという訳にはいかないのが実情です。
そこで、ある程度残業が発生することが見込まれることを念頭にした賃金制度が色々と用いられるようになりました。
2.年俸制であれば残業代を支払う必要はない?
未だに誤解があるのであえて触れておきますが、「年俸制」が流行した当時、年俸制を採用すれば残業代を一切支払う必要がない、という社会風潮ができていました。
しかし、これは明らかな間違いです。
日本の法律における賃金規制は、非常に単純明快で
・労働時間 × 基礎賃金(1時間が当たりの賃金単価)
で算出されます。
したがって、働けば働くほど賃金が比例的に増えるのであって、年俸制だから抑制されるということはあり得ません。
本件でも年俸制を採用しているということですが、年俸制だから残業代を支払わなくてもよいという結論にはならないことにご注意ください。
3.賃金・給料が高額であれば残業代を支払う必要がない?
人情論として(?)、あれだけ高額の給料を支払っているんだから、当然それに見合った仕事をこなすためには長時間労働も当たり前である、という理屈はある意味理解ができるところがあります。また、日本以外の国では一定の賃金を超える場合は残業代を支払わなくてもよいとする法律を定めているところもあるようです。
しかし、上記2.でも記載した通り、日本の法律では、賃金がいくら高くても残業代を支払わなくてもよいとする制度はとっていません。単純に労働時間が長ければ、それに応じた賃金を支払うよう定めています。
また、よくある使用者(事業主)側の主張として「入社時に従業員(勤務医)に対して、残業代込みであることを説明し、了解を得ている」という言い分があるのですが、いわゆる定額(固定)残業代としての要件を別途充足しているのであればともかく、漫然と「残業代込み」という合意のみでは、法律上無効と言わざるを得ません。
したがって、賃金・給料が高額だから残業代を支払わなくてもよいと考えるのは間違いという結論になります。(※ホワイトカラーエクゼプションの議論はされていますが、本記事作成の平成30年1月時点においては法制度化されるかは未定です)。
4.定額残業代とは?
定額残業代(固定残業代、みなし残業代などいろいろな呼称があります)制度ですが、例えば40時間分の残業が見込まれるのであれば、実際に40時間の残業が発生するか否かを問わず、最初から40時間分の残業代を定額(固定)で支払ってしまうという制度とイメージしてください。
さて、この定額残業代制度ですが、実は法律上明記されているわけではありません。裁判例の積み重ねによって法的有効性が確認されてきたというものになります。そして、近時、定額残業代(固定残業代、みなし残業代)に関する重要な裁判例が立て続けに出現し、その有効要件についてまだ流動的なところはあるものの、ある程度固まってきたと考えてよい状況です。ただ、やや議論がやや混乱しているところがありますので、定額残業代の有効性を検討するにあたっては、次のような2種類が存在することを念頭に整理したほうがよいかと思います。
まず、①基本給の中に、一定時間分の定額残業代を含むという賃金設計が考えられます。理屈上は考えられるのですが、最近の裁判例を踏まえると、その有効性は低いと考えたほうが良い状況です。
次に、②基本給とは別に、ある種の手当て(名称は固定残業手当というストレートな名称でもよいですし、営業手当という“残業”という名称が入っていなくても構いません)を残業代に充当するという賃金設計が考えられます。これについては、あくまでも私見ですが、次のような要件でその有効性が判断されるのではないかと思われます。
・固定残業代として支給する手当について、その定義や内容を就業規則等に明記すること(基本給や他の手当てと明確に区分すること)
・個別の労働契約書において、固定残業代として支払う具体的金額とそれに対応する残業時間を明記し、労働者の了解を得ること
・労働契約書に記載した残業時間を超えた場合は別途残業代を支払うことを明記すること(可能であれば、残業代の計算方法を明記することが望ましい)
・給料明細書において、就業規則及び労働契約書に従った手当の名称を用いること(可能であれば、当月の残業時間を明記することが望ましい)
本件の場合、どういった書面を交わしたのかはっきりしませんが、おそらくは別手当として残業代を支給するという形式になっておらず、また仮に別手当になっていたとしても何時間分に相当する残業代なのか等について明確になっていないものと思われます。
したがって、残念ながら残業代の支払いに応じる必要があるものと推測されます。
5.補足
ちなみに、定額残業代が無効となってしまった場合、当然のことながら既払いの残業代として控除することができませんし、残業代と認識していた手当等について基礎賃金の算定に際しての「1カ月の賃金」に組み込まれてしまいます。
二重の意味で痛手(ダブルパンチ)になりますので、定額残業代制度を採用している事業者は、早急に再確認を行い、必要な見直し行った方が良いかと思われます。
6.まとめ
一定の残業が見込まれる場合において、どのような賃金制度を設計すればよいかお悩みの医療機関様からの法律相談を当事務所は受け付けていますので、ご活用ください。